北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

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もしもの話なんて、退屈にきまってる。でも、それを承知で。

東日本大震災にともなう原発事故が発生する以前、ぼくは漠然とこんなことを考えていた。日本の「安全な」農作物や、それを使った加工食品といった類を、中国など新興国の富裕層相手に輸出したらどうだろうか? と。中国のデパートなどでは、日本の食品がその「安全性」を買われて高価で流通していると、たしかテレビのニュースかなにかで見た記憶がある。中国からたくさんの食品が輸入されていることを思えば、逆に輸出することだって可能だろう。しかも「安全」はなによりも付加価値になる。そしてどこの国でも、お金持ちというのは「付加価値」に対してお金を払うものなのだ。

もしもそんな「ニッポン」ブランドの「輸出」がうまいこと軌道に乗れば、農業に従事する人口が増え地方も潤うし、懸案となっている日本の自給率も上がる。まさに言うことなし。そんな夢物語を思っていたのだ。

北欧のデンマークといえば「人魚姫」とか「アルネ・ヤコブセンの椅子」とかを思い浮かべるひとも少なくないだろうが、じつは豚肉の輸出でよく知られる国でもある。そして、安全と環境にも配慮したデンマークポークは「ブランド化」しており、日本で畜産技術を学ぶ学生も研修に訪れるほど。デンマークにくわしい知人によれば、デンマークの養豚場は清潔な工場のような空間で、しかもコンピューター制御を導入することで「人間ひとりで100頭くらいの豚を管理できる」ような仕組みになっているらしい。近未来の養豚場みたいなイメージ? でも、日本でやろうと思えばぜんぜん実現できそうじゃないか? 「安全な」畜産物の輸出、乳製品の輸出…… 可能性はまだいろいろありそうだ。

ところでここ数年、日本の企業や政府、経済団体はみな景気回復のため「円安」になることを祈っている。じっさい日本の景気は、自動車や電化製品をはじめとする製造業に依存してきた。そして製造業は「円安」に乗じて製品を海外に「輸出」することで利益を得て成長してきたのだから、「円安」を願うのは当然といえば当然である。ところが、どんなに待ちわびてもなかなか「円安」にはならないのである。為替の世界や株の世界の仕組みはよくわからないが、どうやらアメリカが弱すぎて「どんなひどくてもまだ日本の方がマシだよね?」って心理が市場を覆っているためいつまで待っても「円高」になってしまうということらしい。だから日本は、「円安」になるようアメリカ経済が立ち直ってくれるのをいまかいまか待ちわびていて、いきなりあの大震災と原発事故に見舞われたワケである。

ところが、あんな未曾有の大災害と世界が震撼するような原発事故を引き起こしておきながら、日本の「円」の価値は下がらなかった(一時的には下がったのかもしれないが)。どんだけ強いんだ「円」は! という話ではなく、どんだけ弱いんだ「ドル」は!! って話である。こうなると、この先もう「円安」が訪れることなんてまずないんじゃないか?ということはド素人の目にも明らかだ。ニュースによれば、きょうも「円」が4ヶ月半ぶりに「78円台半ば」まで急進したという。アメリカだけじゃなく、こんな日本が「ヨーロッパよりもマシかもねー」って話らしい。そんなアメリカやヨーロッパに「高い」車や「高い」電化製品を売りつけるなんて、ほんとリアリティーのある話なのだろうか? よくわからない。

原発を止めたら日本が貧乏になると言うひとがよくいるが、原発があろうがなかろうが、アメリカやヨーロッパの経済が立ち直るのをじっと待つしかない製造業中心の日本の産業構造が変わらなければ、遅かれ早かれ日本はまちがいなく貧乏になるのではないだろうか? というのがぼくの素朴な疑問である。だからこそ、長い目で国策として次なる産業構造を考えに考え抜くことこそが、いま日本の政治家のすべき仕事だと思う(それはまさに、90年代にフィンランドが政治主導でやったことでもあるのだけれど)。

そうした次なる産業構造のひとつとして、あるいは「安全」な農産物や畜産物の輸出というアイデアもあるのでは? と密かに思っていた矢先の今回の原発事故だけにまったく残念でならない。なぜなら、日本がもっとも得意としていることをお金に変える、そういう可能性をあの事故のせいで確実に潰してしまったわけだから。




※一気に書いたため、誤字脱字があったら(というかきっとあるでしょうが)ゴメンナサイと謝罪しつつフェードアウト……
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原発事故により、放射能汚染の恐怖に悩まされながら日々過ごしているひとは少なくない。とりわけ事故を起こした原発のある福島県に暮らす人たちはそうだろう。

そうした人たちに対して、ぼくらは思わずこう言ってしまいがちだ。「早く逃げればいいのに」。

じっさい、この件にかんしてはすでに日本中の多くの自治体が協力に乗り出していて、一定期間無料で住居を提供してくれたり、場所によっては当面の仕事をあっせんしてくれるような素晴らしく協力的な自治体もあるらしい。不自由な避難所生活を余儀なくされているひとはもちろん、ちいさな子どもを抱える家庭も、こうした制度を活用して一年でも半年でも放射能汚染の恐怖から離れて過ごしたほうが精神衛生上もいいのではないか、そう考えずにはいられない。

とはいえ、現実はなかなか複雑だ。日々恐怖におびえながらも、諸般の理由から動けずにいる人たちが大勢いる。事実、ニュースが伝えるところでは、被災者のために住居や仕事を用意した自治体の多くで募集枠が埋まらないといった事態も起こっているらしい。なぜか?

狩猟民族とか農耕民族とか言うつもりはないけれど、ようは生まれてこのかたさまざまな「縁」によって特定の土地に縛りつけられているのがたいがいの人間なのであって、そうカンタンには移住したりはできないものなのだ。その証拠に(?)、ぼくらの目にはあんな「自由」に見える「寅さん」や「スナフキン」だって行ったきりにはならないで、放浪のあいまにはかならず葛飾柴又やムーミン谷に戻ってくるのである。

たとえばの話、ある日見知らぬ外国人がつかつかとこちらに寄ってきて、いきなりこんなふうに話しかけてきたらどう思うだろう?「近い将来大きな地震が起こって、あらゆるものを壊し、修羅場になることがわかっているというのに、なんであなたはいますぐ東京から逃げようとしないのですか?」。

たしかに、首都直下型地震が30年以内に発生する確率が30%、東海地震にいたってはなんと87%、さらに立川断層で発生するM7クラスの地震も懸念されているのだから、5分後に東京が巨大地震に見舞われてもなんの不思議もない。そんな物騒な土地はとっとと捨ててより安全な場所に移住するほうが賢明にきまっている。にもかかわらず、ぼくらは逃げない。それどころかちょっとカチンときて、こう言い返すはずだ。「そうカンタンに逃げれるワケないだろ!!」

そう、この自分もふくめて、「生活がある」と言い訳しつつ「逃げるに逃げられない」のが人間なのだ。だから、福島の人たちに向かって安易に「逃げればいいのに」といった物言いはしないよう気をつけなきゃいけない。それはそのまま自分に向かって返ってくる。むしろ福島のみならず東京もふくめた各自治体は、危機が迫っているとき、より安全な場所へと巧みに「誘導」するような被災者対応マニュアルを「逃げるに逃げれない」という人間の心理に基づいて用意するべきだと思うのだけれど……。
餅は餅屋


ということわざがある。調べると「何事においても、それぞれの専門家にまかせるのが一番良いということのたとえ。また、上手とは言え素人では専門家にかなわないということのたとえ」(「故事ことわざ辞典」より引用)とある。ごもっとも。

もともとは、プロフェッショナルの仕事への「信頼感」とそれがぼくらにもたらす絶大なる「安心感」を、「餅屋」にたとえて言ったのだろう。それはよくわかる。とはいえ、3.11以降、こうした日本人のもつプロフェッショナルへのある種「信仰」に近いリスペクト(?)が、あまり好ましくないかたちで顕在化しているような気がしてならない。なぜなら「餅は餅屋」という発想は、よりネガティヴに


素人は余計な口出しするな


と置き換えることができるからだ。

3.11以後、いろいろな人たちが原発のありかたや放射能汚染、それにからめて政府への批判などをツイッターを介して意見するようになった。ごくわずかに専門家もしくは専門的知識をもったひともいるが、そのほとんどは「素人」だ。当然、なかにはヒステリックな声もあれば、まったく現実を無視したかのような意見もある。無知ゆえの単純な勘違いも少なくない。また、ツイッターの場合、意図的に自分の嗜好に合う人物をフォローしがちなので「井の中の蛙」になりやすいという欠点もある。テレビでもおなじみの池上彰さんは、「『正しく恐れる』ことのむずかしさ」というコラムでこう指摘する。


「こういう事故が起きると、人は、自分の考えを補強する情報ばかり欲しがる傾向になるのだなと思います。放射能や放射線が恐い人は、今回の事故がいかに危険かという情報ばかりを集めて読みたくなるのでしょう。」


今回、自分自身への反省もふくめ痛感したのはまさにそういうことだった。それでもなお、「餅は餅屋」という発想の下ひとが「考えなくなってしまう」のにくらべれば、個人が「意見する」ことは大事だとぼくはかんがえる。「意見する」ことは同時に、「責任を持つ」ことでもあるからだ。そして、意見を言うことと他人の意見に耳を貸すことはつねに「一対」でなければならない。

科学にとって進歩は「業」のようなものである。ときにそれは、暴走する列車のように誰にも止めることができない。それゆえ、未来はけっして明るいものではない…… 文明学者の梅棹忠夫はそうかんがえた。いまから60年近くも前のことだ。そして、もし仮に、その暗澹たる未来を照らす一筋の光明があるとすれば、そのカギとなるのは、思想をあたかも「道具」のように使うことのできる「アマチュアによる英知」にちがいないと予見する(NHK「ETV特集・暗黒のかなたの光明~文明学者 梅棹忠夫がみた未来~」より)。

この先を思うとき、餅は餅屋という発想は、ひとまずカッコに括ってしまってよいのではないだろうか。とんちんかんでもいい、まずは素人(アマチュア)が「意見する」こと、それが肝心だ。意見をすれば賛同もある代わり、批判もあるだろう。しかし意見は、そういったたくさんの異なる声にもまれてこそ鍛えられるのもまた事実。他の声に耳を貸さない独断的な意見は、いずれ誰からも相手にされなくなって消えるだけのことだ。それに近ごろは、餅と偽って発泡スチロールや石けんを食べさせようとするたちの悪い餅屋も横行しているらしいからね。まずは自分でかんがえ、意見するところから始めたい。
震災後しばらくたって、ブログに「思うこと」というカテゴリーを追加した。震災後、わかっているつもりだったことがわからなくなったり、いままでぼんやりしていたことがらが反対にくっきりと輪郭を帯びて像を結んだりといったことが少なからずあり、そうしたことがらを思ったままに言葉にして残しておくことの大事さを感じたからである。それはまた同時に、たびたび読み返すことで、自分の中でこの「震災」を風化させないためのひとつの方策でもあるのだけれど。


そんななか、エリック・ロメール監督の映画『木と市長と文化会館 または七つの偶然』をふたたび、観た。本当は、下高井戸シネマのレイトショーで上映されるのを知り楽しみにスケジュール調整までしたのだが、当日まさかの井の頭線の人身事故によって間に合わず頓挫したのだった……。そこでやむをえず、近所でビデオカセット(!)をレンタルして観た。


舞台は、パリ南西部のちいさな農村。のどかで美しい村だが、のどかで美しいだけでは食っていけない事情は日本もフランスも同じ。そこで野心家の市長は、村の原っぱに図書館や野外劇場、プールまで完備した「文化会館」の建設を企てる。「文化会館」をつくることで、「田舎暮らし」に憧れる都会の人たちにアピールしようという作戦だ。じつは、その背後にはそれで手柄を立てて国政に進出しようという下心もあるのだが、政治家としてはあまりにおっとりとした性格の上、もともとがこの土地を愛しているのでいまひとつツメが足りない。要は、愛すべき人物。

一方、この土地の出身者ではないものの、その自然のうつくしさ、とりわけ建設予定地に立つ一本の柳の木に魅了されている小学校の教師は、口角泡を飛ばして市長の案を攻撃する。周囲はそんな彼に対して議会に立候補することを勧めるが、彼は首をたてに振らない。彼は言う、「自分はこの土地の人間じゃない」。

そんなある日、ひょんなきっかけで市長の娘と教師の娘が出会い、友だちになる。そして、10歳になる教師の娘は友だちのパパ(つまり、市長)に対して、文化会館の建設に反対であること、そしてその理由を熱弁し彼を黙らしてしまうのだった……。


さて、この映画、とにもかくにも台詞が多い。全編にわたってことばであふれている。一年ほど前にこの映画を観たときは、理屈っぽくて議論好きな、いかにもフランスらしい映画だな程度にしか思っていなかったのだが、その印象はいまはちょっとちがう。なにかを決定するプロセスでは、それにかかわるすべての人が意見を言い互いに議論することの大切さを、いまは知っているからだ。仏文学者でコラムニストの内田樹は、「脱原発の理路」と題したコラムでこう述べる。「原発のような重要なイシューについては、できるだけ多様な立場から、多様な意見が述べられることが望ましいと私は思う」と。全面的に賛成。「理屈っぽい」とか「屁理屈」とか、とかく物言うことに対してネガティヴに捉えがちな日本がこの先どうなってゆくのか、しっかり見届けようと思う。

そしてもうひとつ、この映画を観て感じたことがある。この映画のなかでは、さまざまな人たちが文化会館と村の生活、そして村の未来について意見する。市長と反対派の教師、市長の恋人の小説家、農家、カフェの女主人、酪農家、さらには子どもたちまで。反対派の教師は一見ヒステリックなエコロジストにみえるが、村人たちを巻き込んで自分の意見をゴリ押しするようなことはしない。もし文化会館が建ったら、自分はどこかべつの土地に赴任すると言う。「その土地の人間じゃない」からだ。その土地の未来はその土地に生まれ育った人たちこそが決めるべき、馬鹿げたハコモノにこだわる市長でさえ自分にくらべればまだ、語る資格があるということなのだろう。

このあたりにも、前回観たときにはまったく感じなかった「気づき」がある。その土地の未来は、その土地で生まれ育った人間こそが語らなければならない。できれば、その土地で生きることになる若者や子どもたちにも語らせるべきである、ということ。

なにをぼくが言おうとしているのかというと、その土地で生まれ育った人間も、この先「復興」の原動力となるべき若者の姿も不在の「復興構想会議」のメンツのことである。国は、おもに政治、経済面で「復興」を手助けしなきゃならない。でも、「復興」を語るのは国ではなく、その土地に生きる人たちの役目だとぼくはかんがえる。できれば、どんな夢物語だってかまわない、その土地の子どもたちに未来の東北、未来の北関東について語ってもらいたいと願う。その土地の未来を担うのは、彼ら子どもたちなのだから。その意味で、この『木と市長と文化会館』の結末はうつくしい。

余談になるけれど、今回あらためて1992年に制作されたこのフランス映画を観て、何度となくその台詞に「原子力」や「放射能」といった単語が登場するのに驚いた。一年前に観たときは、まったく右から左に抜けていた単語だったからだ。まさか自分が、そんな物騒な語彙と親しくなるなんて思いもしなかった……。それだけでも、この一年間に起こった(じっさいは二ヶ月半ほどだけれど)出来事の重大さを思わずにいられない。



なお、この映画については映画評論家の淀川長治がとてもすてきに紹介しているので、お時間のある方はぜひそちらもあわせて読んでいただければと思う→「淀川長治の銀幕旅行」より
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moiで使っている椅子は、フィンランドの建築家アルヴァー・アールトがデザインした通称「69番」。フィンランド人の女の子に言わせれば「子供のころ、幼稚園で見たことある」、それくらい、まあ、ありふれた椅子である。

で、萩原健太郎さんの新著『北欧デザインの巨人たち あしあとをたどって。』(BNN新社刊)を読んでいたら、こんな一節と出会った。



“高価ではない”というのは、北欧の中でもフィンランドの家具の特徴だと思う。(中略)フィンランドでは安易にビスで留めて、そのビスの頭は露出したままだったりする。

中略

家具を工芸品ではなく日用品ととらえ、誰もが求めやすい価格を目指した結果、デンマークなどとは違う家具の道を選んだのだ。そして、そのフィンランド家具の礎を築いたのが、アアルトといえる。



そうそう、たしかにそうなのだ。デザインや建築関係、あるいは椅子好きの仲間とアールトの椅子の話をするとき、実際かならずといっていいほど出るのがその話なのだ。「頭が露出したビス」にしても、シロウトのぼくなどは指摘されてはじめて「そういえばそうだね」と思う程度なのに、彼らにとってはそんなビスの始末は「美意識のカケラも感じられない」「信じがたい」「ユルい」仕事に映るようで、みな失笑まじりで話しするのだった。

でも、ぼくのように、ビスの頭が露出していてもそのことに気づいてすらいなかった人間だっているわけで、案外シロウトなんてそんなものかもしれない。けれどもアールトの家具、とりわけスツール類についていえば、まず第一義的に「安価で作って安価で売る」という絶対目標があったわけで、そのあたりの「割り切り」はむしろいかにも北欧らしい合理主義ともいえる。

たとえば日本だったら…… と想像してみる。おそらく、「安価で作って安価で売る」という目標があったとしても、高い技術力と自己犠牲に近い仕事への執着、美意識によって「安価でもビスの頭が露出していない」椅子をつくってしまったかもしれない。

そこまでやる日本と、そこまでやらないフィンランド

どちらがいいとかわるいとか、どちらが正しいとか間違っているとか、そういう問題ではこれは、ない。もちろん、フィンランドの職人は「意識が低い」ということでも全然ない。

ぼくに言わせればフィンランドの職人たちは「ツボを心得る」のが得意なのだ。

ひとが満足する「ツボ」を読み取り、確実にそこを押さえる。その他の部分については必要最低限の手間しかかけない。「ツボを心得る」は、フィンランドの「ものづくり」のキーワードである。フィンランドに行ったときに感じる、描き込みすぎない絵画のような適度な余白の存在とそれが旅人の心にもたらす清々しさは、そんなふうに「ツボ」だけ押さえてよしとする国民性のなせるワザなのだろう。
こればかりは、どうしても書いておかないわけにはいかない。

郡山の「プレイタイムカフェ」さんが、東京電力福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染を理由に「閉店」されるそうだ。オーナーさんが書かれたブログの記事を読み、その無念さや悔しさを思うと心が張り裂けそうだ。

「プレイタイムカフェ」のオーナーさんとは直接の面識はないとはいえ、お店の存在はもちろんずっと前から知っていたし、ツイッターでフォローさせていただいていることもあり、3.11以降かなり緊迫した状況に置かれていることは理解していた。なので、今回「閉店」を決断されたことを知ったときも、驚きよりはむしろ「ああ、やっぱり」という失望感のほうがずっと強かった。

ちいさなお店というのは、哲学者パスカルが語るところの「一本の葦」同様、か弱い存在である。それでも弱いなりに日々ちいさな努力を重ね、信頼や愛着を得ることでひとりひとりのお客様に支えられてようやく大地に根づき、少しずつ、ほんとうに少しずつ育ってゆくことができるものなのだ。たとえば大手のセルフカフェなら、その資金力やマニュアルの下、初めての土地でもすぐさまある程度の利益を上げてゆくことはできるかもしれない。でも、ちいさなお店がそれをやることはとてつもなく難しい。すくなくとも、とても時間を要することだ。そのことをよく知っているからこそ、ぼくはいま大きく憤っている。さながら仲間を通り魔に殺されたような心持ちとでもいえば、いまの心境が多少は伝わるだろうか?

ひとたび事故が起きれば、ほんの一瞬にしてひとが日々努力を重ねてようやく築き上げてきたものを打ち砕き、大切な人との思い出を奪い去り、情け容赦なくその土地から引き剥がす、そもそも「原発」とはそういうものなのだ。だからこそ、そのような人間の尊厳を奪いさるモンスターは技術として「実用化」すべきではない。少なくとも、今後の社会においてはそうした理解の下べつの方向にシフトすべきだと、強くぼくはかんがえる。

本当に、読めば読むほどつらく悲しい現実のなかにあって、それでもオーナーさんはこんな風におっしゃっている。「命が助かったからには、絶望することなく、楽観することもなく、生まれてきたからには死ぬまで生きるということを、できれば、楽しみながら、まっとうしていこうと思います」。なんて「強い」ことばなのだろう。

パスカルの「パンセ」は、それが断章ということもあってとても読みづらい。読みづらいけなりに、ぼくは読んでこんなふうに理解している。

人間はとてもか弱い「一本の葦」である。一本の葦が嵐の前ではなすすべもないように、人間も宇宙(世界とか現実とか言ってもいいかも)の前ではちっぽけな存在である。でも、とパルカルは言う。人間は「考える葦」である、と。人間は、自分がいかに弱いものであるかを「知っている存在」である。いっぽう、宇宙はなにも知らない。人間はか弱いけれど、自分がか弱い存在であるということを知っているからこそ、宇宙と向き合える。向き合うというのは、かんたんには「折れない」ということだ。一本の葦は強い風にあおられ、地面に叩きつけられそうになるけれど、またすーっと真っすぐ立ち上がる。ひとの存在はちっぽけだけれど、考え、思いめぐらすことだけは無限にゆるされている。だからこそ、考え、思いめぐらすことで、ひとはなんの感情も持たないこの殺風景な宇宙とわたりあい背筋を伸ばして生きてゆくことができるのである。

今回「プレイタイムカフェ」さんの閉店を知り、なにかオーナーさんにはお声をかけたいと思ったのだけれど、その心の痛みを思うとなにもかけることばを思いつかないままいまに至っている。でも、日々なにかを思い、知り、感じ、考えるなかで、なにかふたたびそれが「かたち」になった際には、ぜひ大きな声で祝福のことばをかけさせていただきたいと思っている。
60年代の集団就職、70年代高度経済成長期の出かせぎといえばまるっきり昭和の話だが、それから4、50年、テクノロジー、とりわけ運輸交通や通信技術はめざましく発達したにもかかわらず、けっきょくそれはじぶんの故郷、あるいは愛着のある土地でひとが生きうるような環境を生み出しえなかった

ツイッターで郷里への思いや愛情を吐露する人たちを目にするたび、テクノロジーの発達は、弱い部分を補うどころかますますアタマでっかちな国を形成してしまった、そうかんがえざるをえない。生まれ育った土地で生きてゆけることを、すくなくとも、戻ろうと思えばいつでもそこに戻って暮らせることをひとの「幸福」をなす大きな要素のひとつだとかんがえるならば、この4、50年にわたって、その点にかんするかぎりテクノロジーはまったく「幸福」に貢献してこなかったということになるのではないか。

だから、テクノロジーはこの先、ひとがじぶんの故郷であったり愛着のある土地で暮らしてゆけるような、そういう環境(インフラ)づくりのために存分に使われ、発達するべきだと思う。まずは、どこがどうなっていれば「郷里」や「じぶんにとって愛着のある土地」で暮らしてゆけるのか、その仕組みをひとりひとりがかんがえてみたらどうだろう? テクノロジーを考案するのも、はたまたそれを駆使するのもぼくら人間なのだから。問題は、テクノロジーの方向なのだ。
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