ユンジョンのことは以前書いた。一年間のワーキングホリデーを終え韓国へと帰国したのは今年の一月のこと。東京での日々や人々との出会いがもたらした思い出を、大好きなカフェにからめつついずれ一冊の本にまとめてみたい、そう言い残しての帰国だった。その後、ほんとうに出版が実現しそうなこと、また本ができあがったら直接届けにいきたいことなど聞いてはいたのだが、きょう突然そのユンジョン本人ができあがった本を手に現れたのだからほんとうにビックリした。
じつは、きょう行くと何度かメールで知らせてくれていたらしいのだが、ここのところ携帯にいろいろな親切なメール ―「バイアグラがとっても安い」というお買い得情報だったり、見知らぬ異性(ごくまれに同性)からの「つきあって欲しい」というモテモテメールだったり― が日に三十件もやってくるものでさすがに煩わしくなり、「URLつきメールは受け付けない」という設定にしたのがいけなかったらしい。どうやら彼女のメールもサーバーの方で勝手に削除してしまっていたようなのだ。そんなわけで、狐につままれたような気分で記念すべきユンジョンの処女作を手にとった。
『カフェ東京』と題されたその本は、想像していたよりもはるかに立派な本(ぜんぶで二百三十ページあまり)である。ユンジョンが撮ったカラー写真もいい感じだし、イラストもかわいい。おまけにまるまる一章を割いてmoiのことが語れているのだから光栄な話だ。ただし、かえすがえすも残念なのは中身が「読めない」こと。韓国の本がすべてハングルで書かれているのは仕方ない(というか、あたりまえだ)が、なんだかすっごく歯がゆい感じである。
きっと、マスターの温かい人柄や優しい人柄、そして愛すべき人柄について書かれているにちがいない。まあ、そういうことにしておこう。ちなみに、関西エリアのカフェをテーマにした第二弾も予定しているとのこと。こちらも楽しみだ。


じつは、きょう行くと何度かメールで知らせてくれていたらしいのだが、ここのところ携帯にいろいろな親切なメール ―「バイアグラがとっても安い」というお買い得情報だったり、見知らぬ異性(ごくまれに同性)からの「つきあって欲しい」というモテモテメールだったり― が日に三十件もやってくるものでさすがに煩わしくなり、「URLつきメールは受け付けない」という設定にしたのがいけなかったらしい。どうやら彼女のメールもサーバーの方で勝手に削除してしまっていたようなのだ。そんなわけで、狐につままれたような気分で記念すべきユンジョンの処女作を手にとった。
『カフェ東京』と題されたその本は、想像していたよりもはるかに立派な本(ぜんぶで二百三十ページあまり)である。ユンジョンが撮ったカラー写真もいい感じだし、イラストもかわいい。おまけにまるまる一章を割いてmoiのことが語れているのだから光栄な話だ。ただし、かえすがえすも残念なのは中身が「読めない」こと。韓国の本がすべてハングルで書かれているのは仕方ない(というか、あたりまえだ)が、なんだかすっごく歯がゆい感じである。
きっと、マスターの温かい人柄や優しい人柄、そして愛すべき人柄について書かれているにちがいない。まあ、そういうことにしておこう。ちなみに、関西エリアのカフェをテーマにした第二弾も予定しているとのこと。こちらも楽しみだ。


『坊ちゃん』を読んだ。
なぜ、いまさら『坊ちゃん』なのか?と問われれば、ただそこに『坊ちゃん』があったから、としか言いようがない。我が家の通称「ブックオフ行き」と呼ばれている紙袋(ただし、いまだかつてそれらが「ブックオフ送り」となった例はいちども、ない)のいちばん上で、カバーをかけられたまま放置されていた文庫本版の『坊ちゃん』をたまたま手にとってしまったのである。
だいたいここのところ、四六時中店のことをかんがえている。というか、店のことしかかんがえていない。で、かんがえているうちどんどん焦ってきて、やがて胃のあたりが痛みだす。そんなわけなので一日のうちに一時間でも二時間でも、映画を観るなり本を読むなり、なにか店のこと以外に意識をそらす時間を無理矢理にでもこしらえないと身がもたない、この先ちょっとヤバいんじゃないかと思ったのである。そう思い立って、とりあえず目についた本を手にとったところそれが『坊ちゃん』だったというわけだ。
あらためて読んだ『坊ちゃん』は、さすが『坊ちゃん』だけあっておもしろい。あっという間に読み終えてしまった。夏目漱石というひとは当時、コンサバというよりはむしろハイカラに属するひとだったと思うのだが、じっさい巷にあふれる「封建主義」のなごりを思いっきりくさしつつ、そのいっぽうでは「清(きよ)」のような「封建時代の遺物」みたいな人物に対し愛情に満ちたまなざしを注いでいる(なぜ名前が「清」なのか、納得した)。おそらく当時の日本の「近代化」は、ハイカラな漱石をもってしてもあまりに性急なものと映ったのだろう。続々と輸入される「ハイカラ」に魅了されながらも、流されてはならんと踏ん張っている、そういう「二律背反」にこの時代の「文化人」たちはみな生きていたのかもしれないし、逆にいえばそういうスタンスこそがこの時代の「文化人」がとるべき態度だったかもしれない。
それはともかく、いったいなぜ我が家に『坊ちゃん』があったのか?まあ、奥さんが買ったからにちがいないのだが。いまさら『坊ちゃん』など読む気になった理由(ワケ)を尋ねてみたい誘惑にかられなくもないが、やめておこう。どうせ「そこに『坊ちゃん』があったから」くらいな理由に決まっている。
なぜ、いまさら『坊ちゃん』なのか?と問われれば、ただそこに『坊ちゃん』があったから、としか言いようがない。我が家の通称「ブックオフ行き」と呼ばれている紙袋(ただし、いまだかつてそれらが「ブックオフ送り」となった例はいちども、ない)のいちばん上で、カバーをかけられたまま放置されていた文庫本版の『坊ちゃん』をたまたま手にとってしまったのである。
だいたいここのところ、四六時中店のことをかんがえている。というか、店のことしかかんがえていない。で、かんがえているうちどんどん焦ってきて、やがて胃のあたりが痛みだす。そんなわけなので一日のうちに一時間でも二時間でも、映画を観るなり本を読むなり、なにか店のこと以外に意識をそらす時間を無理矢理にでもこしらえないと身がもたない、この先ちょっとヤバいんじゃないかと思ったのである。そう思い立って、とりあえず目についた本を手にとったところそれが『坊ちゃん』だったというわけだ。
あらためて読んだ『坊ちゃん』は、さすが『坊ちゃん』だけあっておもしろい。あっという間に読み終えてしまった。夏目漱石というひとは当時、コンサバというよりはむしろハイカラに属するひとだったと思うのだが、じっさい巷にあふれる「封建主義」のなごりを思いっきりくさしつつ、そのいっぽうでは「清(きよ)」のような「封建時代の遺物」みたいな人物に対し愛情に満ちたまなざしを注いでいる(なぜ名前が「清」なのか、納得した)。おそらく当時の日本の「近代化」は、ハイカラな漱石をもってしてもあまりに性急なものと映ったのだろう。続々と輸入される「ハイカラ」に魅了されながらも、流されてはならんと踏ん張っている、そういう「二律背反」にこの時代の「文化人」たちはみな生きていたのかもしれないし、逆にいえばそういうスタンスこそがこの時代の「文化人」がとるべき態度だったかもしれない。
それはともかく、いったいなぜ我が家に『坊ちゃん』があったのか?まあ、奥さんが買ったからにちがいないのだが。いまさら『坊ちゃん』など読む気になった理由(ワケ)を尋ねてみたい誘惑にかられなくもないが、やめておこう。どうせ「そこに『坊ちゃん』があったから」くらいな理由に決まっている。
![]() | 坊っちゃん 夏目 漱石 (1950/01) 新潮社 この商品の詳細を見る |
夏に松江、そして出雲を旅して以来、どうもすっかり島根づいている。つい先日も、二週連続で松江からお客様が来てくださった。そしてさらに、なんと近所のスーパーで「木次(きすき)牛乳」が売られているのを「発見」してしまったのだ。これはやっぱり「出雲の神様」のお導きだろうか!?

まあ、「木次牛乳」といっても知らないひとのほうが多いだろう。「木次牛乳」を販売している木次乳業は「パス乳」、つまり低温殺菌牛乳の製造販売に早くから取り組んできた島根県奥出雲の乳業会社である。
松江ではコンビニですらふつうに売られている「木次牛乳」だが、残念なことにここ東京ではほとんど目にしない。そもそも、低温殺菌の牛乳じたいごくごく限られたものしか手に入らない。なのに、近場で「木次牛乳」が買えるのだ。エキサイトせずにいられようか(いや、いられまい)。この「ヨロコビ」を誰とも共有できないのが、かえすがえすも残念である。
おまけに、なにげなく目をやると容器の側面にはこんな一文まで。

「北欧人は生乳の天然性を大切にしております。その為、生乳はパスチャライズ牛乳として多く利用しております。」
そうかそうか、「木次牛乳」こそは出雲に息づく北欧スピリットなワケだな、などとひとりごちている今日このごろ・・・。
ところで、ぼくが「木次牛乳」を知ったのは十年ほどまえのこと。たまたま手にしたある本のなかでのことである。北欧で口にした牛乳とくらべて、どうして日本で飲む牛乳にはどこかまとわりつくような後味が残るのか?ふしぎに思って手にとったのが、『日本の牛乳はなぜまずいのか』というその本だった。
読んで納得、日本でふつうに手に入る牛乳のほとんどは、北欧をはじめする欧米とは異なり超高温滅菌処理をほどこした牛乳だというのである。「超高温滅菌乳」は栄養価も風味も劣る反面、滅菌用のパックをつかうことで長期保存が可能になるというメリットがある。にもかかわらず、なぜか日本では超高温で滅菌した牛乳に滅菌用のパックはつかわれていない。となると、「生乳」を超高温で滅菌するメリットは?
と、まあそんなこんなな裏事情(?)がこの本には書かれている。そしてそれに対して、木次乳業をはじめ果敢にも日本に「パス乳」を普及させようと努力してきたひとびとの苦労が描かれていて興味深い。「まずい」と言い切ってしまうところもパワフルな、まさに目からウロコな一冊なのである。

まあ、「木次牛乳」といっても知らないひとのほうが多いだろう。「木次牛乳」を販売している木次乳業は「パス乳」、つまり低温殺菌牛乳の製造販売に早くから取り組んできた島根県奥出雲の乳業会社である。
松江ではコンビニですらふつうに売られている「木次牛乳」だが、残念なことにここ東京ではほとんど目にしない。そもそも、低温殺菌の牛乳じたいごくごく限られたものしか手に入らない。なのに、近場で「木次牛乳」が買えるのだ。エキサイトせずにいられようか(いや、いられまい)。この「ヨロコビ」を誰とも共有できないのが、かえすがえすも残念である。
おまけに、なにげなく目をやると容器の側面にはこんな一文まで。

「北欧人は生乳の天然性を大切にしております。その為、生乳はパスチャライズ牛乳として多く利用しております。」
そうかそうか、「木次牛乳」こそは出雲に息づく北欧スピリットなワケだな、などとひとりごちている今日このごろ・・・。
ところで、ぼくが「木次牛乳」を知ったのは十年ほどまえのこと。たまたま手にしたある本のなかでのことである。北欧で口にした牛乳とくらべて、どうして日本で飲む牛乳にはどこかまとわりつくような後味が残るのか?ふしぎに思って手にとったのが、『日本の牛乳はなぜまずいのか』というその本だった。
読んで納得、日本でふつうに手に入る牛乳のほとんどは、北欧をはじめする欧米とは異なり超高温滅菌処理をほどこした牛乳だというのである。「超高温滅菌乳」は栄養価も風味も劣る反面、滅菌用のパックをつかうことで長期保存が可能になるというメリットがある。にもかかわらず、なぜか日本では超高温で滅菌した牛乳に滅菌用のパックはつかわれていない。となると、「生乳」を超高温で滅菌するメリットは?
と、まあそんなこんなな裏事情(?)がこの本には書かれている。そしてそれに対して、木次乳業をはじめ果敢にも日本に「パス乳」を普及させようと努力してきたひとびとの苦労が描かれていて興味深い。「まずい」と言い切ってしまうところもパワフルな、まさに目からウロコな一冊なのである。
![]() | 日本の牛乳はなぜまずいのか 平沢 正夫 (1997/05) 草思社 この商品の詳細を見る |
おいしい創作料理系おばんざいが食べれるということでつとに知られる京都の「吉田屋料理店」のレシピブック、『京都 吉田屋料理店』(吉田裕子著)を手に入れた。
料理本(とりわけレシピブック)というのは、たいがい二種類にわけることができるように思う。ひとつは、実用的で、そのままアレンジなしにすぐにでも使えてしまうもの。たとえば、雑誌「オレンジページ」などがその代表選手だろうか。そしてもうひとつは、けっして実用的ではないけれど、たくさんのヒントや刺激にあふれていて想像力をかきたてられるもの。有名なシェフやパティシエが著したものは、たいていこちらに属する。
この本は、どちらかといえば「後者」にあたる。あくまでもベースは家庭料理だけれども、京都ならではの食材やジビエなどもとりいれているのでそのままつくるのはなかなか難しい。けれども、技術的にものすごく込み入っているというわけではないし、エスニックやイタリアンなどをとりいれたアイデアも多く、食材を置き換えてみたり、もうひとひねりしてみたりとアレンジする楽しみを刺激してくれる。ササッと家でつくれそうな気軽なレシピからお酒のアテ、そしてデザートまで、個性的な「料理店」のレシピは想像力も豊かだ。
料理本(とりわけレシピブック)というのは、たいがい二種類にわけることができるように思う。ひとつは、実用的で、そのままアレンジなしにすぐにでも使えてしまうもの。たとえば、雑誌「オレンジページ」などがその代表選手だろうか。そしてもうひとつは、けっして実用的ではないけれど、たくさんのヒントや刺激にあふれていて想像力をかきたてられるもの。有名なシェフやパティシエが著したものは、たいていこちらに属する。
この本は、どちらかといえば「後者」にあたる。あくまでもベースは家庭料理だけれども、京都ならではの食材やジビエなどもとりいれているのでそのままつくるのはなかなか難しい。けれども、技術的にものすごく込み入っているというわけではないし、エスニックやイタリアンなどをとりいれたアイデアも多く、食材を置き換えてみたり、もうひとひねりしてみたりとアレンジする楽しみを刺激してくれる。ササッと家でつくれそうな気軽なレシピからお酒のアテ、そしてデザートまで、個性的な「料理店」のレシピは想像力も豊かだ。
![]() | 京都 吉田屋料理店 吉田 裕子 (2006/04) 主婦と生活社 この商品の詳細を見る |
思いがけずよいお天気だったので、所沢に鍼をしにいったあと「東京タワー」へと向かった。リリー・フランキーの影響(江國香織の、でもない)ではなく、いま読んでいる中沢新一の『アースダイバー』に刺激されたのだ。

内容の真偽ではなく、この本に書かれたことにぼくは「リアリティー」を感じる。「東京」のそこかしこについて子供のころから茫漠と抱いてきた「感覚」、あるいは「直感」のようなものが、読み進むうちにするするとほどけて霧が晴れてゆくような気分を味わっている。

タモリ×糸井重里×中沢新一による対談「ほぼ日刊イトイ新聞−はじめての中沢新一。」も面白そう(まだ読んでいないけれど)。

内容の真偽ではなく、この本に書かれたことにぼくは「リアリティー」を感じる。「東京」のそこかしこについて子供のころから茫漠と抱いてきた「感覚」、あるいは「直感」のようなものが、読み進むうちにするするとほどけて霧が晴れてゆくような気分を味わっている。

タモリ×糸井重里×中沢新一による対談「ほぼ日刊イトイ新聞−はじめての中沢新一。」も面白そう(まだ読んでいないけれど)。
| アースダイバー 中沢 新一 (2005/06/01) 講談社 この商品の詳細を見る |
夏休みといえば宿題。宿題、といえば読書感想文。というわけで、映画『チャーリーとチョコレート工場』の原作者でもある、作家ロアルド・ダールの『少年』を読んだ。
この『少年』という本はけっして「自伝ではない」、そうダールは言う。ではなにかというと、それは六歳から二十歳にかけて彼の身に実際におきた「数多くの事件」−なかには「滑稽な出来事もあれば苦痛にみちた出来事もある。思い出すに不愉快なこともある」−を綴ったエピソード集といった体裁をとっている。
ダールの言葉どおり、ページを開くとそこには大胆で機知に富み、それでいて人一倍ナイーヴな「少年」の記憶が顔をのぞかせる。両親の祖国ノルウェーで過ごす、家族そろっての極上の夏休み。友人や兄弟と仕掛けた「いたずら」の数々。なかには、「靴紐の形をした甘草入りのアメ(リコリス・ブートレース)」の思い出も・・・
でも、この本でいちばん多いのは学校生活の話題、とりわけ不可解で窮屈な校則や、教師や上級生からうける理不尽な仕打ちに対する「怒り」にかんするものだ。そして、読み進むにつれこちらまで熱くなってしまった。というのも、じぶんの「高校生活」にもすくなからず似たような状況があったからにほかならない。
ぼくが通っていたのは都内にある私立の男子校で、「進学校とはいえない程度の」進学校だった。そこでは体罰は日常茶飯事。見上げるような高い塀に囲まれ、すべての窓という窓には金網がつけられた校舎は、まさに陰気な監獄そのものといえた。そして校内を仕切っているのは、柔道部や剣道部の顧問をつとめる数人の「生活指導」の教師たちで、竹刀片手に廊下をガニマタで闊歩するのが連中の日課だった。
とりわけ、いま思い出しても凄かったのは「始業時間」の光景だ。始業時間になると、校門のかたわらに立つ顔色のわるいフランケンシュタインのような守衛がボタンを押す。すると、天井から鉄製の自動ドアが降りてきて校門をシャットアウトするという仕掛けだ。当然、遅刻を免れようと生徒はみなその「けっして止まらない」自動ドアの下をくぐり抜けることになる。これが毎朝「儀式」のように繰り広げられていたのだから、よく事故が起こらなかったものだと思う。ほかにも、校則で禁じられていた「パーマ」がみつかり、そのまま近所の床屋に連れていかれ丸坊主にされたクラスメートもいた。
ロアルド・ダールは書いている。「みなさんはなぜわたしが学校における体罰をかくも強調して書くのかと不思議に思われるに違いない。その答えは、要するに書かずにいられないからである」と。そして「わたしにはそのこと(教師や上級生ががほかの生徒たちを傷つけるという事実)がどうしても納得できなかった。いまだに納得していない」とも。ぼくもまた、「納得」できずにいる。
そんな高校生活でのぼくの「たのしみ」はといえば、いかにスマートに校則を破るかであった。髪型や制服や持ち物、放課後の過ごし方などなど、周到な準備をもって「校則を破る」ことに快感をおぼえていたのだ。おかげで、全身「校則違反だらけ」にもかかわらず、高校生活を通じていちども「敵」に捕まったことはなかった。「夜の校舎 窓ガラス壊してまわった」なんて「敵」を喜ばすだけでなんの「反抗」にもなっていない、そう考えていた。出し抜いてなんぼ、そんなことばかり考えている皮肉で屈折して暗い高校生だったのだ。
唯一残念なのは、ぼくに「文才」が足りなかったこと。もしあったなら、きっといまごろロアルト・ダール顔負けのシニカルな小説をたくさん書いていたことだろうに。
この『少年』という本はけっして「自伝ではない」、そうダールは言う。ではなにかというと、それは六歳から二十歳にかけて彼の身に実際におきた「数多くの事件」−なかには「滑稽な出来事もあれば苦痛にみちた出来事もある。思い出すに不愉快なこともある」−を綴ったエピソード集といった体裁をとっている。
ダールの言葉どおり、ページを開くとそこには大胆で機知に富み、それでいて人一倍ナイーヴな「少年」の記憶が顔をのぞかせる。両親の祖国ノルウェーで過ごす、家族そろっての極上の夏休み。友人や兄弟と仕掛けた「いたずら」の数々。なかには、「靴紐の形をした甘草入りのアメ(リコリス・ブートレース)」の思い出も・・・
でも、この本でいちばん多いのは学校生活の話題、とりわけ不可解で窮屈な校則や、教師や上級生からうける理不尽な仕打ちに対する「怒り」にかんするものだ。そして、読み進むにつれこちらまで熱くなってしまった。というのも、じぶんの「高校生活」にもすくなからず似たような状況があったからにほかならない。
ぼくが通っていたのは都内にある私立の男子校で、「進学校とはいえない程度の」進学校だった。そこでは体罰は日常茶飯事。見上げるような高い塀に囲まれ、すべての窓という窓には金網がつけられた校舎は、まさに陰気な監獄そのものといえた。そして校内を仕切っているのは、柔道部や剣道部の顧問をつとめる数人の「生活指導」の教師たちで、竹刀片手に廊下をガニマタで闊歩するのが連中の日課だった。
とりわけ、いま思い出しても凄かったのは「始業時間」の光景だ。始業時間になると、校門のかたわらに立つ顔色のわるいフランケンシュタインのような守衛がボタンを押す。すると、天井から鉄製の自動ドアが降りてきて校門をシャットアウトするという仕掛けだ。当然、遅刻を免れようと生徒はみなその「けっして止まらない」自動ドアの下をくぐり抜けることになる。これが毎朝「儀式」のように繰り広げられていたのだから、よく事故が起こらなかったものだと思う。ほかにも、校則で禁じられていた「パーマ」がみつかり、そのまま近所の床屋に連れていかれ丸坊主にされたクラスメートもいた。
ロアルド・ダールは書いている。「みなさんはなぜわたしが学校における体罰をかくも強調して書くのかと不思議に思われるに違いない。その答えは、要するに書かずにいられないからである」と。そして「わたしにはそのこと(教師や上級生ががほかの生徒たちを傷つけるという事実)がどうしても納得できなかった。いまだに納得していない」とも。ぼくもまた、「納得」できずにいる。
そんな高校生活でのぼくの「たのしみ」はといえば、いかにスマートに校則を破るかであった。髪型や制服や持ち物、放課後の過ごし方などなど、周到な準備をもって「校則を破る」ことに快感をおぼえていたのだ。おかげで、全身「校則違反だらけ」にもかかわらず、高校生活を通じていちども「敵」に捕まったことはなかった。「夜の校舎 窓ガラス壊してまわった」なんて「敵」を喜ばすだけでなんの「反抗」にもなっていない、そう考えていた。出し抜いてなんぼ、そんなことばかり考えている皮肉で屈折して暗い高校生だったのだ。
唯一残念なのは、ぼくに「文才」が足りなかったこと。もしあったなら、きっといまごろロアルト・ダール顔負けのシニカルな小説をたくさん書いていたことだろうに。
![]() | 少年 ロアルド ダール (2000/04) 早川書房 この商品の詳細を見る |
インターネットで『東京カフェマニア』を主宰されているサマンサさんこと川口葉子さんの新刊『カフェの扉を開ける100の理由』(情報センター出版局)が出版されました。
旅先や散歩の途中で出会った数々のカフェとその印象が、静かな落ち着いた語り口でつづられたすてきなエッセイ集です。
じつは、ここmoiも【話せば長くなりそうな場所をめぐる散歩】という章のなかで取り上げていただいています。おなじ章では、ほかにふたつのカフェが紹介されています。
ひとつは、神宮前にある「J-Cook」。そしてもうひとつは、かつて表参道にあった「Posset Pot」です。
「キラー通り」からすこし入った路地にたたずむ「J-Cook」は、いつも変わらずにそこにあることのすばらしさを教えてくれるカフェです。その証拠に、このお店は近所に事務所をかまえフリーで仕事をしているひとびとたちから絶大な支持を受けています。じつはそのむかし、ぼくをここに連れていってくれたのもそんなひとりだったのですが、なんとその知人と川口さんにここを紹介した人とが同一人物であることがこの本を読んで判明(笑)。ふしぎな縁を感じます。
もうひとつの「Posset Pot」については残念ながらぼくは記憶にないのですが、その名前だけは数人の友人たちの口から聞き知っていました。それだけきっと、ひとの記憶に静かな余韻を残すようなカフェだったのでしょう。
そんなふたつの《名店》とともにmoiが紹介されているなんて、なんだか場違いな感じがして気恥ずかしいったらないのですが、よく恥をかいてこそ人は成長するなどともいいますので恥を忍んでページの上に居座ろうかと思います。
旅先や散歩の途中で出会った数々のカフェとその印象が、静かな落ち着いた語り口でつづられたすてきなエッセイ集です。
じつは、ここmoiも【話せば長くなりそうな場所をめぐる散歩】という章のなかで取り上げていただいています。おなじ章では、ほかにふたつのカフェが紹介されています。
ひとつは、神宮前にある「J-Cook」。そしてもうひとつは、かつて表参道にあった「Posset Pot」です。
「キラー通り」からすこし入った路地にたたずむ「J-Cook」は、いつも変わらずにそこにあることのすばらしさを教えてくれるカフェです。その証拠に、このお店は近所に事務所をかまえフリーで仕事をしているひとびとたちから絶大な支持を受けています。じつはそのむかし、ぼくをここに連れていってくれたのもそんなひとりだったのですが、なんとその知人と川口さんにここを紹介した人とが同一人物であることがこの本を読んで判明(笑)。ふしぎな縁を感じます。
もうひとつの「Posset Pot」については残念ながらぼくは記憶にないのですが、その名前だけは数人の友人たちの口から聞き知っていました。それだけきっと、ひとの記憶に静かな余韻を残すようなカフェだったのでしょう。
そんなふたつの《名店》とともにmoiが紹介されているなんて、なんだか場違いな感じがして気恥ずかしいったらないのですが、よく恥をかいてこそ人は成長するなどともいいますので恥を忍んでページの上に居座ろうかと思います。
![]() | カフェの扉を開ける100の理由 川口 葉子 (2006/08) 情報センター出版局 この商品の詳細を見る |





