北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

2008/04123456789101112131415161718192021222324252627282930312008/06

こちら、先日みほこさんよりお土産でいただいたフィンランドの製菓会社Fazer(ファッツェル)のチョコレートです。
fazer90v

定番の通称「シニネン」(「ブルー」という意味)のスペシャルバージョンで、フィンランドの建国90周年を記念して作られた今年2007年の限定アイテムとのこと。チョコレートそのものもホワイトチョコとのニ層構造になっていて、いつになく(?!)凝ったつくりとなっています。
90v

今年フィンランドに行かれるご予定の方、ぜひ「おみやげリスト」に加えてみてはいかがでしょう。
謎の集団「不気味社」が歌う「ムーミン」のテーマソング。こんなのあり!?ムーミン好きには聞かせられません・・・。
ファッツェル(フィンランドの製菓会社)のキャンディー「マリアンネ」です。チョコレートクリームがハッカ味(ミントというよりもハッカという雰囲気)のキャンディーでコーティングされた、フィンランドで古くから愛されているお菓子です。
marianne

この「マリアンネ」をくださったのは、現在フィンランドに留学中のUさんという方。おともだちがご来店、届けてくださいました。お菓子と一緒にUさんによる手紙も同封されていて、それによるとUさんはいまヘルシンキで生活しながら、日本人ツーリスト向けのガイドツアーをおこなっている会社「My Suomi」で仕事をなさっているとのこと。じつは、ちょっとしたご縁からmoiにも「My Suomi」さんのフライヤーを置かせていただいているのですが、日本にいたころちょくちょく通っていたmoiに「My Suomi」のフライヤーを置いてもらえたことがうれしくて、あくまでも個人的にプレゼントさせていただいたとの内容。心のこもったお手紙とともに、こうして思いがけないプレゼントをいただくというのは、ほんと店主冥利に尽きます。

本来なら直接Uさんにメールさせていただけばよいところですが、Uさんのメールアドレスを存じ上げないのと、「個人的に」ということを考慮してあえて「会社気付」ではなく、このブログでお礼を申し上げさせていただきます。

Uさん、Kiitos !!!

ところで、手紙を読んでいたところ気になる一文が・・・。「お店にうかがったとき、店主さんからサルミアッキを食べさせていただいたことなど思い出されます」。うわぁ、「被害者の一人」だったのですね〜。

そんな、文字通り「苦い」経験をしたにもかかわらず、こんなふうにあたたかい気持ちをもって接してくださるUさんは、絶対にすばらしいひとにちがいありません(汗)。
店の壁にかかったポスターを指差して曰く、「このイーッタラのマークって、ティモ・サルパネヴァがデザインしたんだよね」。「えっ」と驚いたのは、その発言の主がリーサ先生だったからにほかならない。リーサ先生はフィンランドのデザインのことなどほとんど関心がないような(失礼!)、ある意味とても「標準的な」フィンランド人である。そんな「標準的な」フィンランド人であるところのリーサ先生の口から、「ティモ・サルパネヴァ」などという玄人好みなデザイナーの名前が出たから思わず驚いてしまったというわけだ。

リーサ先生は続ける。「死んだよね、このひと」。「え、えっ?」うかつにもまったく知らなかった。あちらのニュース報道を調べたところ、「二〇〇六年十月六日に七十九歳で他界」したらしい(→●ニュースソース)。

なるほど、新聞かなにかでリーサ先生はかれの訃報に接したというわけか。じっさい、記事にも「イーッタラ社のロゴマークを手がけたのもサルパネヴァ氏である」と書かれているし。これで謎(?)が解決した。

それにしても、タピオ・ウィルッカラ、アンティ・ヌルメスニエミに続き五十年代のフィンランド・デザインの黄金期を支えたデザイナーのひとりがまたいなくなってしまった。仕方ないとはいえ、淋しいことである。ちなみに、moiではジュースなどにつかっている大きめのグラスがティモ・サルパネヴァによるもの。その意味では、毎日お世話になっていると言っても言い過ぎではない。

ご冥福をお祈りします。
まあ、そうなんだろなぁと思いつつも、あらためて聞くとやっぱり「へぇ〜」と感心してしまうのは、取材でおみえになった「わかさ生活」(ブルーベリーを使った健康食品でおなじみの会社。↑に広告がときどき登場しますね)の方からうかがった、原料となるビルベリー(野生種のブルーベリー)をどうやってフィンランドで調達しているかというお話。

じつは「わかさ生活」はフィンランドに広大な「ビルベリー農園」を所有していて、ということはまったくなく、そのつど「ピッカー」と呼ばれるひとたちと契約して収穫するのだそうである。つまり、「ブルーベリー摘み」を生業としている人々が存在するということである。プロの「ブルーベリー摘み」、「ピッカー」(語尾を上げて発音するといかにもそれっぽいなぁ)である。

おそらく「ピッカー」の歴史は古い。店でブルーベリージャムが売られたり、ブルーベリーを使った料理がカフェやレストランでふるまわれるようになったのと歩調をあわせて、「村のベリー摘み名人」はプロの「ピッカー」になったのではないだろうか?その長い歴史のなかでは、当然かれらの「縄張り争い」に端を発する血なまぐさい抗争も起こったことだろう。ピッカーたちによる「仁義なき戦い」である。

と、いつものごとく空想はどこまでも果てしなく広がるわけだが、「ピッカー」たちの冬の暮らしはいったいどうなっているのか?丹念に道具を手入れしてやがて訪れる「夏」を待つのだろうか?それとも「黒マグロ漁船」のひとびとのように(←イメージ)、ひと夏で一年分を稼いで冬は飲んだくれていたりするのだろうか?気になってしかたない。

それより、どうしてだれも「ブルーベリー農園」をつくろうとしないのだろう?どなたかご存じの方がいらっしゃったら教えてください・・・。
みほこさんからあずかった海外で暮らすフィンランド人向けの雑誌「SUOMEN SILTA」をパラパラと盗み読んでいたところ、カナダにあるサンダー・ベイという街が紹介されていた。

記事によると、サンダー・ベイでは住民のおよそ10%にあたる約12,000人がフィンランド系のひとびとによって占められている、のだそうだ。まさに、カナダの中の「リトル・フィンランド」といった感じである。

もともと、カナダや北米はフィンランド系の移民が多いエリアである。以前、北米のどこかに留学していたというお客様がいらしゃったことがあるのだが、そこはやはりフィンランド系のひとびとが数多く暮らしている場所で、その関係でかれは留学先の大学で「フィンランド語」を履修したと話されていた。記事の受け売りではあるが、カナダにフィンランド人による移住がはじまったのは1870年代ごろのこと。そうしたひとびとは、おもに大陸横断鉄道の建設に携わっていたらしい。だが、移住が本格的になったのは戦後、1950年代くらいのことで、多くは森林労働で生計を立てていたようだ。まだまだ貧しかった母国を離れ、よりよい生活を求めて家族ともども北米大陸に渡ったフィンランド人たちが、現在のサンダー・ベイに暮らすフィンランド系住民のいわば「ルーツ」ということになる。

サンダー・ベイの街には、リトル・チャイナやリトル・イタリーよろしく、そんなフィンランド系カナダ人たちの生活を支えるさまざまなショップやレストランが点在している。

イーッタラなどもそろえる雑貨店「Finnport」、書店「The Finnish Book Store」、「本物のフィンランドサウナをどうぞ」がうたい文句の「Kangas Sauna」、そしてカレリアパイ(2,40カナダドル 約250円)やマッカラ(10.45カナダドル 約1,100円)も食べられる1918年オープンの老舗レストラン「Ravintola HOITO」などなど。ほかにも「Gus Vuori Road」「Kivikoski Road」など、フィンランド語のついた通りの名前があったりと「それらしさ」を感じさせてくれる。

カナダ旅行を計画中の「フィンランド好き」はいちど訪ねてみるべき!?
「これmoiのじゃない?そこの道に落ちてたよ」

とフィンランド語のリーサ先生がもってきたのがこれ。
tontu01

「ああ、トントゥみたいだね」
「トントゥだよ、これ」

ちなみに「トントゥ」というのは赤い衣裳を身につけたフィンランドの妖精で(下の写真を参照)、「サンタクロースの助手」ともいわれている。ただしリーサ先生によると、「あのひとはちょっとおつむが弱い」というときに、よく「あのひとは『トントゥ』だよ」とか言うらしい。
tontut

しかしこの「トントゥ」、みれば胸に「STUSSY」のロゴがはいっている。だいたい、手に「$」をもっているのもおかしいし。そこでリーサ先生に、これはアメリカのストリートファッションのブランドのマークで、トントゥのようにみえるけれど実際にはスケートボードとかやってる男の子の人形だよ、と教えてあげたのだが

「トントゥだよ、ドルじゃなくてユーロ持ってったほうがいいね」

といっこうに聞く耳をもたない。そんなに言うのならと、ためしにこの「STUSSYくん」をラップランドの景色のまえに立たせてみた。
 tontu02

すると、あら不思議。あっという間に「トントゥ」のできあがり!ストリートファッションのルーツって、もしかしたら「トントゥ」だったの?!(んなわけはない)。