北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カフェが舞台になっていたり、コーヒーがさかんに登場するような小説やエッセイがあれば、職業病かたんなる趣味の世界かはともかく、つい手にとってしまう。寺田寅彦『珈琲哲學序説』、ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』、それに獅子文六『可否道』などなど。そしていま読んでいるのは、「せきしろ」のエッセイ『去年ルノアールで』
renoir

著者が日々通いつめる喫茶室「ルノアール」で、ある意味「出会うべくして出会ってしまった」出来事や人々について綴った異色の《喫茶エッセイ》である。かりに(まさかそんなひとは存在しないとは思うが)いまだかつて「ルノアール」に入ったことがないというひとにとっては、この本はある種の「SF」と映るかもしれない。けれども、一度でもあのねじれた時空の中に身を置いたことのあるひとにとっては「なるほど」な、さもありなんワールドが繰り広げられている。

そういえば、この本を読んでいて思い出したのだが、かつてサラリーマンをやっていた頃、いちど職場の先輩とミーティングのために「ルノアール」に入ったことがあった。おもいっきりルノアール初心者であったぼくらは、うかつにもソファー席に陣取ってしまったうえ、そのふかふかすぎるソファーに身を委ねてしまったのだ。結局、ソファーに深く深く身を沈めたぼくらは、至近距離で向かいあっているにもかかわらず最後まで視線を合わすことなく、ひたすら斜め45度の天井をみつめたままミーティングを続けた。そしてそれは、おそらくぼくが体験したもっとも不毛なミーティングといえた。

そんな記憶の奥底に沈殿した「わたしとルノアール」を眠りから呼び覚まし、思わずひとに語らせてしまうこの本は、なんというかある種の《パンドラの箱》なのかもしれない。

去年ルノアールで
去年ルノアールで
せきしろ (2006/02/23)
マガジンハウス

この商品の詳細を見る





スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。