荻窪から阿佐ヶ谷へとむかう細い道ぞいに、一軒の古ぼけたアパートがある。ぜんぶで四部屋しかないちいさなアパートだ。このアパートのことがどうして気になったのかというと、その理由(わけ)はふたつある。
ひとつめに、その名前。
このアパートの門柱には、かなりひかえめに(しかも「手書き」で)この建物のなまえが記されているのだが、それがなんと「細野ハウス」。しっているひとも多いだろうが、1973年に細野晴臣がリリースした初のソロアルバム(「HOSONO HOUSE」)とおなじ名前である。まあ、そこにはなんの「偶然」も「奇跡」もなく、ただ「大家さん」の苗字が「細野」だったというだけの話にはちがいない。けれども、このこじんまりとしたアパートの風情やその界隈をつつむゆるやかな「空気」と、細野晴臣によるこの「本邦初の”宅録”」のリラックスしたサウンドとがあまりにもぴったりとくるもので、ここを通りかかるときにはきまって「ろっか・ばい・まい・べいびい」なんてつい口ずさんでみたくなってしまうのだ。
もうひとつ、この「細野ハウス」が気になってしまうその理由(わけ)。それはそのシュールな外観にある。
「細野ハウス」には(さっきも書いたけれど)部屋が4つしかない。エンピツで四角形を書いて、それから一階とニ階にそれぞれふたつずつ、よくある平凡な扉を描けばそれがこのアパートのかなり正確なスケッチになる。つまり、それは見事なまでのシンメトリーなのだ。しかもそれだけじゃない。なぜか、二階にあがる階段までがふたつ(!!)あるのだ。ようするに、二階の部屋にはそれぞれ「専用の」階段があるということ。それもごていねいなことに、その階段は建物の中心から「V字」にそれぞれの部屋へと延びている。これはどうかんがえたって、「無駄」を承知の上でシンメトリーにこだわった、そうかんがえるほかないだろう。まさに、「細野ハウス」の「大家」にふさわしい《美意識》だ。
こんな《発見》があるたび、中央線沿線というのはやっぱり「風街」だなぁ、そう思ってしまう。
ひとつめに、その名前。
このアパートの門柱には、かなりひかえめに(しかも「手書き」で)この建物のなまえが記されているのだが、それがなんと「細野ハウス」。しっているひとも多いだろうが、1973年に細野晴臣がリリースした初のソロアルバム(「HOSONO HOUSE」)とおなじ名前である。まあ、そこにはなんの「偶然」も「奇跡」もなく、ただ「大家さん」の苗字が「細野」だったというだけの話にはちがいない。けれども、このこじんまりとしたアパートの風情やその界隈をつつむゆるやかな「空気」と、細野晴臣によるこの「本邦初の”宅録”」のリラックスしたサウンドとがあまりにもぴったりとくるもので、ここを通りかかるときにはきまって「ろっか・ばい・まい・べいびい」なんてつい口ずさんでみたくなってしまうのだ。
もうひとつ、この「細野ハウス」が気になってしまうその理由(わけ)。それはそのシュールな外観にある。
「細野ハウス」には(さっきも書いたけれど)部屋が4つしかない。エンピツで四角形を書いて、それから一階とニ階にそれぞれふたつずつ、よくある平凡な扉を描けばそれがこのアパートのかなり正確なスケッチになる。つまり、それは見事なまでのシンメトリーなのだ。しかもそれだけじゃない。なぜか、二階にあがる階段までがふたつ(!!)あるのだ。ようするに、二階の部屋にはそれぞれ「専用の」階段があるということ。それもごていねいなことに、その階段は建物の中心から「V字」にそれぞれの部屋へと延びている。これはどうかんがえたって、「無駄」を承知の上でシンメトリーにこだわった、そうかんがえるほかないだろう。まさに、「細野ハウス」の「大家」にふさわしい《美意識》だ。
こんな《発見》があるたび、中央線沿線というのはやっぱり「風街」だなぁ、そう思ってしまう。
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