秋めいてきたと感じるのは、なにも気温のせいばかりじゃない。光のせい、である。
この季節、夕刻になるとなぜか西日が東から店内に差し込んでくるのだ。カレンダーをみるよりも、道ゆくひとびとのファッションを目にするよりも、この「光」のほうが断然ぼくに「秋」という季節を実感させる。石器時代からすこしも変わらない人間の感度。
ところで、この東からやってくる西日の秘密だが、どうやら東側に建つビルに反射した西日がほんのすこしの時間、moiに光のおすそわけをしてくれているようなのだ。西日はたいてい、どちらかといえば厄介なイメージをまぬがれない。でも、いちど建物にぶつかって反射した光はけっしてまぶしすぎることのない適度なやわらかさをもっている。いわば自然の間接照明。
こういうちょっとしたことが、ずいぶんと一日をおだやかなものにしてくれる。
この季節、夕刻になるとなぜか西日が東から店内に差し込んでくるのだ。カレンダーをみるよりも、道ゆくひとびとのファッションを目にするよりも、この「光」のほうが断然ぼくに「秋」という季節を実感させる。石器時代からすこしも変わらない人間の感度。
ところで、この東からやってくる西日の秘密だが、どうやら東側に建つビルに反射した西日がほんのすこしの時間、moiに光のおすそわけをしてくれているようなのだ。西日はたいてい、どちらかといえば厄介なイメージをまぬがれない。でも、いちど建物にぶつかって反射した光はけっしてまぶしすぎることのない適度なやわらかさをもっている。いわば自然の間接照明。
こういうちょっとしたことが、ずいぶんと一日をおだやかなものにしてくれる。
