「いい加減」のひとになりたい、のである。
お客様の中に、よく「ぬるめのミルク」を注文されるかたがいるのだけれど、いつもきまって熱くなりすぎてしまい叱られる。いや、叱られてはいないけれど。
コーヒーやお茶を薄く、あるいは濃く淹れるというのはけっしてむずかしいことではない。豆や茶葉の量を加減したり、抽出に気をつければよいからだ。ところが、「ぬるめ」というのはなかなか手強い。
早く火からおろせばいいだけでしょ?
その通り。だがそれがむずかしいのだ。
「さすがにまだこれじゃぬるすぎるよねぇ」などと思っているうち、あっという間に熱くなってしまう。そういえば、母親のつくるハンバーグもこれでもかというくらいよく火の通った、表面がカリカリのハンバーグだった。「よく火を通さないと我慢ならない」、そういうDNAをぼくもまた受け継いでいるのだろうか。次回こそは「いい加減」にぬるめのミルクを出したいものだが、どうだろう?
なにせ、「石橋を叩いてもまだ渡ろうとしない」A型なのだ。
お客様の中に、よく「ぬるめのミルク」を注文されるかたがいるのだけれど、いつもきまって熱くなりすぎてしまい叱られる。いや、叱られてはいないけれど。
コーヒーやお茶を薄く、あるいは濃く淹れるというのはけっしてむずかしいことではない。豆や茶葉の量を加減したり、抽出に気をつければよいからだ。ところが、「ぬるめ」というのはなかなか手強い。
早く火からおろせばいいだけでしょ?
その通り。だがそれがむずかしいのだ。
「さすがにまだこれじゃぬるすぎるよねぇ」などと思っているうち、あっという間に熱くなってしまう。そういえば、母親のつくるハンバーグもこれでもかというくらいよく火の通った、表面がカリカリのハンバーグだった。「よく火を通さないと我慢ならない」、そういうDNAをぼくもまた受け継いでいるのだろうか。次回こそは「いい加減」にぬるめのミルクを出したいものだが、どうだろう?
なにせ、「石橋を叩いてもまだ渡ろうとしない」A型なのだ。
