上手だとか、そうでないだとかは別にして、なにか文章を書いたり、あるいはインタビューに答えて話したりすることは好きである。じぶんの感じていることや考えていることを、誰かに伝えるため「ことば」にするという作業は、ときどきじぶんの現在位置を確かめるためにも必要だからである。
なにかについて「書く」、あるいは「話す」ということは、ぼくにとってはなにかについて「思いやる」ということにほかならない。音楽でも、ひょんなことから耳にしたニュースでも、たまたま目にした光景やお客様から聴いた話でもなんでもよいのだが、ちょっと立ち止まって向かいあい、そこにみえるものに目を凝らしたり、きこえるものに耳を貸すことからしか「ことば」は生まれないからである。だから、なにかについて「書こう」とか「話そう」と思えばかならず立ち止まらなければならないし、立ち止まる余裕がじぶんにないときにはなにも「書けない」し「話せない」のである。
じっさい、このブログもまたそのようにして「書かれて」いる。はじめはただぼんやりとしているにすぎなかった「なにか」は、「書くこと」あるいは「話すこと」によってピントの合った「これ」にかわる。感じたことや思ったことを「ことば」に置き換えてみるのは、たしかに写真のピントを合わす作業に似ているかもしれない。とくに、なかなかピタリときまらないところが似ている。もちろんそれは「カメラマンの技量」によるところが大きいのだけれど・・・
さて、なぜいきなりこんな(「書くこと」「話すこと」についての)言いわけめいたことを書いているのかというと、前回ご紹介した雑誌「カフェ&レストラン」のなかでご一緒させていただいている川口葉子さんが、ご自身のブログのなかで「私はmoiのブログの大ファンです」なんて書いてくださっているのをつい目にしてしまったからにほかならない。あちゃー、である。
あらためて、「書くこと」「話すこと」の理由(わけ)についてかんがえてみれば、まあ、上のような説明になるのだろうけれど、じっさいのところは
「気楽に書いてるだけです」
ほんとうに。
ところで、その「カフェ&レストラン」2006年12月号で川口さんは表参道の「大坊珈琲店」について書かれている。川口さんが、以前ある雑誌の取材でおこなったマスター大坊さんへのインタビューを引用しながら、数年間の「蒸らし」の時間(!?)を経てゆっくりとかたちをなしていった川口さんの「コーヒーへの思い」が静かに綴られている。いつもながら心に余韻を残すすてきなエッセイなのだけれど、あまりここで褒めてしまうとちかごろ流行りの「談合」めいてくるので、ぐっとこらえておこうと思う(笑)。
じつは、この大坊さんへのインタビューが最初に掲載された雑誌をかつてぼくは目にしている。もちろん、まだぼくがmoiをオープンする前の話だ。そのときにもとても興味深く読んだのだが、あらためて「カウンターのこちら側に立つ人間」となったいま読み返してみると、ほんとうにいろいろな思いが去来してなんともいえない気分になった。その「いろいろな思い」については、いまはちょっと難しいけれど、いつか機会をみてじぶんなりに「ことば」にしてみたい、そうかんがえている。
なにかについて「書く」、あるいは「話す」ということは、ぼくにとってはなにかについて「思いやる」ということにほかならない。音楽でも、ひょんなことから耳にしたニュースでも、たまたま目にした光景やお客様から聴いた話でもなんでもよいのだが、ちょっと立ち止まって向かいあい、そこにみえるものに目を凝らしたり、きこえるものに耳を貸すことからしか「ことば」は生まれないからである。だから、なにかについて「書こう」とか「話そう」と思えばかならず立ち止まらなければならないし、立ち止まる余裕がじぶんにないときにはなにも「書けない」し「話せない」のである。
じっさい、このブログもまたそのようにして「書かれて」いる。はじめはただぼんやりとしているにすぎなかった「なにか」は、「書くこと」あるいは「話すこと」によってピントの合った「これ」にかわる。感じたことや思ったことを「ことば」に置き換えてみるのは、たしかに写真のピントを合わす作業に似ているかもしれない。とくに、なかなかピタリときまらないところが似ている。もちろんそれは「カメラマンの技量」によるところが大きいのだけれど・・・
さて、なぜいきなりこんな(「書くこと」「話すこと」についての)言いわけめいたことを書いているのかというと、前回ご紹介した雑誌「カフェ&レストラン」のなかでご一緒させていただいている川口葉子さんが、ご自身のブログのなかで「私はmoiのブログの大ファンです」なんて書いてくださっているのをつい目にしてしまったからにほかならない。あちゃー、である。
あらためて、「書くこと」「話すこと」の理由(わけ)についてかんがえてみれば、まあ、上のような説明になるのだろうけれど、じっさいのところは
「気楽に書いてるだけです」
ほんとうに。
ところで、その「カフェ&レストラン」2006年12月号で川口さんは表参道の「大坊珈琲店」について書かれている。川口さんが、以前ある雑誌の取材でおこなったマスター大坊さんへのインタビューを引用しながら、数年間の「蒸らし」の時間(!?)を経てゆっくりとかたちをなしていった川口さんの「コーヒーへの思い」が静かに綴られている。いつもながら心に余韻を残すすてきなエッセイなのだけれど、あまりここで褒めてしまうとちかごろ流行りの「談合」めいてくるので、ぐっとこらえておこうと思う(笑)。
じつは、この大坊さんへのインタビューが最初に掲載された雑誌をかつてぼくは目にしている。もちろん、まだぼくがmoiをオープンする前の話だ。そのときにもとても興味深く読んだのだが、あらためて「カウンターのこちら側に立つ人間」となったいま読み返してみると、ほんとうにいろいろな思いが去来してなんともいえない気分になった。その「いろいろな思い」については、いまはちょっと難しいけれど、いつか機会をみてじぶんなりに「ことば」にしてみたい、そうかんがえている。
