北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。
ときどき恥をさらしたりするのも、じつはこのブログのお茶目なところである(本人談)。

きょうのお題は、

瓜二つ

ということわざである。ぼくは長いこと、っていうかいまのいままで、「瓜二つ」というのは二個の瓜が似ているところから「顔や形がそっくりの様子」を意味するものだとばかり思っていた。そのうえで、「なす二つ」とか「栗二つ」と言わないところをみると、よほど「瓜」ってやつはどれもこれも似通ているんだろうななどと思っていたわけである。

ところが、である。

ふと思い立って調べてみたところ・・・え、えーっ、全然ちがうじゃん!!!なんでもそこには、「二つに割った瓜のそれぞれのように、顔形が良く似ていることの喩え。」と書かれているではないか。ってことは「二個の瓜」が似ているんじゃなくて、「一個の瓜の半分ずつ」がすごく似ているってこと?!なぁ〜んだ、当たり前じゃん!

なら、べつに

「なす二つ」でも「栗二つ」でもかまわなかったわけだ。たぶん昔、「瓜」がいまよりもっと身近でポピュラーなものだったからそうなった、というだけの話だろう。しかし、いまは二十一世紀である。「瓜」はもはやポピュラーではありえない。断じて言うが、ぼくは生まれてこのかた瓜をふたつに割った経験など一度だって、ない。つまり、このことわざ、なんだかちょっと分かりにくくないですか?いっそのこと、

梨二つ

とか、「瓜」にこだわる「瓜フェチ」の意向も汲んで

水瓜(すいか)二つ

とかに変えてしまってはどうだろう?ほら、「瓜」よりずっと分かりわすい。まったくソックリだよ、「梨」も「水瓜(すいか)」も。