北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

2007/01123456789101112131415161718192021222324252627282007/03

きょう、いい話を聞いた。常連のKさんの話である。

Kさんは大学時代(といっても、わずか四年ほど前のことだが)中国の上海に留学していた。音楽好きの彼女は、留学中も日本から持ち込んだ大量のMDをスピーカーにつなげてよく聴いていたという。

秋も深まりだいぶ肌寒くなってきたある日のこと、彼女は上海にあるじぶんのアパートでいつものように音楽を聴いていた。ラベルを確認し、MDをセットして「PLAYボタン」を押す。すると、スピーカーから流れてきたのはラベルに書かれているのとはまったくちがう、ずいぶん前に放送されたメル・トーメを特集したラジオ番組だった。メル・トーメといえば、フランク・シナトラやビング・クロスビーらと並ぶ往年のジャズ・シンガー。自身もジャズを唄うというだけに、見かけによらずKさんはシブい趣味の持ち主なのだ。

雨で灰色にかすんだ上海の街を眺めながら、インスタントコーヒー片手に、しばらくKさんはその思いがけず流れてきたメル・トーメの歌声に耳傾けていたそうだ。いまでもなにかの拍子にメル・トーメを耳にすると、コーヒーの香りに包まれて雨にかすんだ上海の街を眺めたあの日のことがいっぺんによみがえり、そしてなんともいえない気持ちになるという・・・。

さて、残念でした。

話はこれでおしまい。胸を焦がすような一生に一度の恋も、異国の地で孤独に揺れる女性の心理もここには出てこない。それでも、この話を聞いて「ああ、なんかいい話だなあ」と思ったとしたら、そのひとはきっと「音楽好き」にちがいない。そう、「音楽」というのはほんらい、こんなふうに「生きられて」はじめて「聴かれた」といえるのではないだろうか?そう思えば、世の中にはこんなに音楽であふれているというのに、ほんとうの意味で「聴くことのできる」音楽はものすごく少ない。そもそも、それはさまざまな偶然が重なって思いがけず「生きられる」のであって、意図的に「生きること」すらできないのだから。

そしてKさんの話は、そんなことをぼくにあらためて思い出させてくれるものだった。