気になって仕方ない(まあ、それほどでもないが)のは「おふくろさん」問題である。
歌手の森進一が、じぶんの持ち歌である「おふくろさん」を歌う際、「ヴァース」と呼ばれる歌詞つきの序奏を作詞家に無断でつけたことからその作詞家の「大先生」の逆鱗に触れ、「今後一切じぶんが作詞した楽曲は歌わせない」などといって大騒ぎしている件である。何十年も毎日ずっと「卵かけごはん」を食べていたひとが、ある日ふと「なんかちょっと飽きちゃったよなぁ」などと思い「納豆ごはん」にしてみたところ、突然こっぴどく叱られてしまった。まあ、外野的にはその程度の認識しかないわけだが、どうやらことはもっと重大らしい。
それはそうと、テレビなどでこの騒動を目にするにつけ気になるのは作曲家の存在がみえないことである。怒った「大先生」が「じぶんが作詞した楽曲は歌ってくれるな」とJASRACに訴えるのはまあ、理解できるとしても、それによって実害を被る(たとえば「印税」が発生しなくなるとか)作曲家たちだって少なからず存在するはずである。ある日、ボーイフレンドを連れてきた娘に対して「父さん、あんな男と付き合うのは絶対に許さんからな!」と言ったとしても、ふつうなら「ちょっと、お母さんからもなんとか言ってヨ!」という展開になるのではないだろうか。ところが、今回の騒動にかんしていえばそうした方面からのコメントはあまり取り沙汰されていないようだ。
そう思ってちょっと調べてみたところ、この「おふくろさん」という歌の作曲家、つまり音楽についての著作権を有しているのは猪俣公章というひとであった。このひとはすでに他界しているのでテレビ等に登場しないのは当然としても、著作権はまだ生きているのだからそれを管理しているひと(猪俣氏の家族とか)は一連の事態に当惑しているにちがいない。どうなっているのだろう?あるいは、もし他の作曲家がおなじような状況に巻き込まれたとしたら、いったいどのように対処するだろうか?・・・気になる。
そう、気になるといえば、この渦中の作詞家の大先生だが、かなり気になる。なにが気になるって、耳である。厳密に言えば、耳の毛が気になる。いや、耳じたいも立派なのだが、その立派な両方の耳の穴からフサフサの毛がものすごい勢いで飛び出しているのだ。「怒髪天を衝(つ)く」という言葉がある。辞書によれば「激しく怒って髪の毛が逆立ったすさまじい形相」という意味だが、この「大先生」の「耳の毛」はまさにかれの怒りの度合いを象徴している気がしてならない。「天を衝く」べきはずが両脇を衝いてしまっているのが気にならないでもないが、この場合の「両脇」はおそらく森進一と猪俣公章にちがいない。天国の猪俣氏にはお気の毒なことである。
ともかく、あの「耳の毛」の勢いを見るかぎり作詞家の怒りは並大抵のものではなく、よってこの騒動もしばらくは収束しそうにもない。「『おふくろさん』問題」の今後をめぐるカギは、まちがいなくあのジェット噴射のような「耳の毛」にあるとみた。
歌手の森進一が、じぶんの持ち歌である「おふくろさん」を歌う際、「ヴァース」と呼ばれる歌詞つきの序奏を作詞家に無断でつけたことからその作詞家の「大先生」の逆鱗に触れ、「今後一切じぶんが作詞した楽曲は歌わせない」などといって大騒ぎしている件である。何十年も毎日ずっと「卵かけごはん」を食べていたひとが、ある日ふと「なんかちょっと飽きちゃったよなぁ」などと思い「納豆ごはん」にしてみたところ、突然こっぴどく叱られてしまった。まあ、外野的にはその程度の認識しかないわけだが、どうやらことはもっと重大らしい。
それはそうと、テレビなどでこの騒動を目にするにつけ気になるのは作曲家の存在がみえないことである。怒った「大先生」が「じぶんが作詞した楽曲は歌ってくれるな」とJASRACに訴えるのはまあ、理解できるとしても、それによって実害を被る(たとえば「印税」が発生しなくなるとか)作曲家たちだって少なからず存在するはずである。ある日、ボーイフレンドを連れてきた娘に対して「父さん、あんな男と付き合うのは絶対に許さんからな!」と言ったとしても、ふつうなら「ちょっと、お母さんからもなんとか言ってヨ!」という展開になるのではないだろうか。ところが、今回の騒動にかんしていえばそうした方面からのコメントはあまり取り沙汰されていないようだ。
そう思ってちょっと調べてみたところ、この「おふくろさん」という歌の作曲家、つまり音楽についての著作権を有しているのは猪俣公章というひとであった。このひとはすでに他界しているのでテレビ等に登場しないのは当然としても、著作権はまだ生きているのだからそれを管理しているひと(猪俣氏の家族とか)は一連の事態に当惑しているにちがいない。どうなっているのだろう?あるいは、もし他の作曲家がおなじような状況に巻き込まれたとしたら、いったいどのように対処するだろうか?・・・気になる。
そう、気になるといえば、この渦中の作詞家の大先生だが、かなり気になる。なにが気になるって、耳である。厳密に言えば、耳の毛が気になる。いや、耳じたいも立派なのだが、その立派な両方の耳の穴からフサフサの毛がものすごい勢いで飛び出しているのだ。「怒髪天を衝(つ)く」という言葉がある。辞書によれば「激しく怒って髪の毛が逆立ったすさまじい形相」という意味だが、この「大先生」の「耳の毛」はまさにかれの怒りの度合いを象徴している気がしてならない。「天を衝く」べきはずが両脇を衝いてしまっているのが気にならないでもないが、この場合の「両脇」はおそらく森進一と猪俣公章にちがいない。天国の猪俣氏にはお気の毒なことである。
ともかく、あの「耳の毛」の勢いを見るかぎり作詞家の怒りは並大抵のものではなく、よってこの騒動もしばらくは収束しそうにもない。「『おふくろさん』問題」の今後をめぐるカギは、まちがいなくあのジェット噴射のような「耳の毛」にあるとみた。
