北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

2007/04123456789101112131415161718192021222324252627282930312007/06

三日の日、店をサボって(?)有楽町の東京国際フォーラムでおこなわれていた《ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン》に行ってきた。
journee.gif

この《ラ・フォル・ジュルネ》、ひとことで言えばフジロックやサマソニのクラシック版ということになる。そして、フランス発祥のこの「音楽祭」の日本での「引っ越し公演」はことしで三回目。以前からウワサには聞いて気になっていたもののGW中ということでなかなか行くことができなかったのだが、「エイヤッ!」とことしは思いきって出かけてみた。じっさいに足を運び、参加してみて気づいたのだが、これはめちゃくちゃ完成度の高い、よく練られたイベントである。わずか三回の開催にして、すっかりこのイベントが「定着」しているのが実感できる。かつて仕事でこうしたイベントに間近に触れていた身としては、たったの五日間で七十万人弱を動員し二十万枚ものチケットを売り切ってしまうなんてただただ驚き感心するばかりだ。

そもそもビギナーにも楽しめるクラシック音楽の企画というのは、コンサートにせよCDにせよ本にせよ、これまでにも数え切れないくらいたくさんつくられてきた。そしてそのほとんどがことごとく失敗してきた。どうしてか?ビギナーでないひとが、その思い込みだけで安易に企画をつくるからにほかならない。「ビギナーにはこういう音楽がわかりやすいだろう」とか「きっと子供はこういう音楽が好きなはずだ」といった具合に。ところが、こうした思い込みはたいてい的を外しているものなのだ。たとえば、なにかの機会にふとモーツァルトの音楽を耳にして気に入ったというひとがいるとする。こういうとき、企画をつくる側としてはついつい『はじめてのモーツァルト』といったものをつくってしまいがちだ。ところが、往々にしてそういう企画は不発に終わることがおおい。ちゃんと聴いてみようと思ったひとは、ちゃんとしたものを求める。つまり、気に入った曲が収録されたふつうのCDを買ったり、その作品が演奏されるコンサートに出かけたりするのである。

話を《ラ・フォル・ジュルネ》に戻すと、そこにはビギナーとマニアとがともに楽しめる周到な仕掛けが用意されているのがわかる。まず、演奏される曲目や出演者にはマニアックな視点を感じる。めったに実演では接することのできない作品やCDもあまり出ていないような作品が目白押しである。さらに登場する出演者たちも超ド級のアーティストこそいないものの、実力派のヴェテランやこれから注目を集めるであろう若手など食指をそそられるラインナップとなっているのだ。

反対に、この音楽祭の運営方法にはビギナーにやさしい工夫がいろいろほどこされている。たとえば、ひとつのプログラムはすべて約四十五分間であったり(ふつうは休憩ふくめて約二時間)、チケット代金が千五百円から三千円と格安であったり(ぼくは八千五百円で四つのコンサートを聴いたのだが、ふつうの価格設定だったらこの四〜五倍の出費は覚悟しなければならない)、あるいはまたほとんどのコンサートで原則として三歳以上の子供の入場可能であったり(ふつうは未就学児童の入場不可)、と。つまり、ビギナーにとっては安価で、しかも飽きることなくクラシックを「つまみ食い」できるというわけだ。そしてここが「満足度」といったところでとても肝心なのだが、「つまみ食い」といってもカップラーメンや冷凍食品や甘口のカレーなんかではなく、ちゃんとしたシェフのつくった本格的な料理の数々を「つまみ食い」できるのだ。そして当然いちど味をしめたお客たちは翌年もリピートすることになるのである。内容や出演者の顔ぶれに左右されることなく動員が保たれるのは、つまりみんなこの《ラ・フォル・ジュルネ》のファンだからにちがいない。いままでのこうした企画とのいちばん決定的なちがいはまさにその点にあるだろう。

個人的に、これは「好きなカフェ」にも共通していることなのだが、ぼくが気に入ったのはやはりいろいろなひとたちがカジュアルに音楽を楽しんでいるところ。家族連れもいれば、子供もいて、中学生や高校生の友だち同士がいる。ふつうのクラシックのコンサートとはまたちょっとちがった光景だ。会場のフリースペースなどでは、出演アーティストがぶらぶら散歩しているのに出くわしたりして楽しい。ほんとうに「お祭り」なのだ。ちなみに来年のテーマは『シューベルトと同時代の作曲家たち』だという。きっと、すでにいまから心待ちにしているひとも多いのではないだろうか?もちろんぼくもその一人なわけだが。