北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

2007/06123456789101112131415161718192021222324252627282930312007/08

ひとことで言うなら、「出雲」はピースフルな土地だった。

出雲大社を訪れるひとはふつう、駅を出たらそのまま参道を通り境内へと吸い込まれてゆく。ところがぼくらは参道から逸れて二十分ほど歩き、『古事記』にも登場する「稲佐の浜」へと出た。来る途中、電車のなかで見たあのポスターにも描かれていた場所である。
inasa

夏には海水浴客らで賑わうとのことだが、この時期人影はまったくみあたらない。しかも海は驚くほど静かで、耳を澄ましてもただ上空を旋回するトンビの声が聞こえてくるばかり、波音さえも届いてこない。そうしてさまざまに「青」の階調を変えながら、やがて海ははるか彼方で待ち受ける空と溶け合いひとつになる。空と海との境界が失われるところは、古代のひとにとってはまたあらゆる「境界」が失われるところでもあったろう。じっさい、旧暦の十月ここ出雲にあつまってくる八百万(やおよろず)の神々はみな、海よりここ「稲佐の浜」に到着し「大社」へと向かうと信じられている。まるで真空状態にあるようなこの静かで平和にみちた浜辺に佇んでいると、なるほどそんな信仰も理解できるような、そんな気分になってくるのだった。
神迎の道

稲佐の浜からは、「神迎の道」を歩いて出雲大社へとむかう。その名前どおり、稲佐の浜に到着した八百万の神々が「竜蛇さま」(神々の到来を告げるため竜神がつかわした蛇)を先頭に通るための道である。浜に立つ石灯籠が、そこがまた出雲大社の「入口」であることをあらわしている。幅にして約三メートルほどのその道には、翁の顔をあしらった瓦屋根をもつ黒っぽい塀の家並みや、あるいはいかにも古そうなちいさな社なども見受けられるものの、おおかたは床屋や中華料理屋が居並ぶごくふつうの住宅街の道と変わらない。観光客のためではなく、あくまでも長い歳月をそこで過ごしてきた出雲の人々ひとりひとりのための「心の道」なのだと思う。参道に近づくと、竹でつくられた小さな桶に思い思いの花を挿し軒先に飾る家が目立つ。こうした自然体の「もてなし」にあって、マニュアル主導の「ホスピタリティー」にないもの、それは吹き抜ける風のような清々しさではないか。
izumo

はじめにも書いたが、「出雲」は実にピースフルな土地である。日本最古の神社がある「聖地」にもかかわらず、いかにもといった感じの強力な磁場のようなものが一切感じられない。いや、それはたまたまぼくが「スピリチュアル」だとか、「パワースポット」だとかいったものに無頓着なせいもあるだろう。そうしたものを感じたいひとにとっては、あるいは「ビンビン感じられる場所」ということだってあるかもしれない。けれども、そのどこまでも平和でのどかな町を散策しているうちに、ぼくはむしろこのような土地こそ日本の神さまが棲む場所としてはふさわしいような気になっていた。

こんもりとした山と波静かな海に囲まれたこの豊かな土地で、踊りを舞ったり酒をのんだり、相撲に興じたり、ときには「兄弟げんか」をしたりもしながら、日本の土地を大きな手のひらでつつむように守っているおおらかな神さまたち……。日本人ならだれでも心当たりのあるおおらかな信仰心のルーツを、なんだかそこで垣間見た思いがしたのだ。

ちなみに、この記事をふくめこのブログのすべての写真はクリックすると大きくなります。