北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

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そして、出雲大社へやってきた。

木製の大鳥居が立つ「勢溜(せいだまり)」から、いよいよ参道がはじまる。前に訪れたときはまだ小学生だったし、ぜんぜん記憶になかったのだけれど、今回とても驚いたのは参道がかなり急な下り坂になっていることである。てっきり神社というものは、だいたいが高い土地に建てられるものとばかり思っていたからだ。戻ってきて調べたら、実際この「下り参道」というのは珍しいらしい。
kudarisando

だいぶ下ったところから撮影したのだが、それでもまだまだ下っている。緑に覆われているということもあるけれど、「おおやしろ」といわれる建造物がまったくといってよいほど目に入らない。いったい、どうしてこんな谷底のような土地に社を構えたのだろう?不思議に思ってちょこちょこ調べてみたものの、それらしき記述にあたらない。ただ、『古事記』の中には出雲大社のはじまりをめぐるこんなエピソードが登場するという。出雲大社の祭神である大国主命(おおくにぬしのみこと)は、「国譲り」の条件として「私の住む所として天子が住まわれるような壮大な宮殿を造ってくれるのなら、国を譲り、世の片隅で静かに暮らしましょう」と言ったというもの(●←こちらを参照)。つまり、これはまったくの推測でしかないのだけれど、国を譲った大国主命の隠遁の地であるからこそ、それにふさわしい場所として、海と山に囲まれた谷底のようなこの土地が選ばれたということなのかもしれない。

小さな橋を渡り松並木の参道をしばらく歩くと、青銅の鳥居が現れ、「拝殿」を臨むことができる。
doutorii

ラッキーにも(?)バスガイドさんの団体と遭遇。これだけ大勢のバスガイドといっぺんに出くわすということは、たぶんそうあることじゃないだろう。ちなみにガイドさんたち、触ると一生お金に不自由しないといわれる「銅鳥居」に、若さにまかせて思いっきり触ってます。もちろん、オトナはそういうことはしません。恥じらいながらめいっぱいしがみつく、これ正解。

これが、「拝殿」
拝殿

重さ1.5トン、長さ8メートルという巨大なしめ縄がかかっている。1.5トンといわれてもピンとこないというひとのために説明すると、「KONISHIKIの5人分」である。長さは「猫ひろしの5人分」。ていうか、KONISHIKIってそんなに重いんだ!ちなみに「神楽殿」には、重さ5トン(KONISHIKIの17.5人分)の「しめ縄」もある。

拝殿の奥に隠れるようにしてあるのが、国宝の「本殿」である。本殿へは一般の参拝客は入れないうえ、周囲をぐるりと塀が囲んでいるせいで様子を窺うことすらむずかしい。まさに隠れてあるのだ。
honden

西洋人としてこの本殿への昇殿をはじめて許されたラフカディオ・ハーンは、興奮を隠しきれない様子でこんなふうに記している。「神道の真髄は、書物の中にあるのでもなければ、儀式や戒律の中にあるのでもない。むしろ国民の心の中に生きているのであり、未来永劫滅びることも、古びることもない、最高の信仰心の表れなのである」(池田雅之訳)。ふだんはなんのためらいもなく前を素通りしているにもかかわらず、なにか特別なことがあったり、お正月になったりするとごく当然であるかのようにいそいそと「お詣り」にでかける神社の存在というのは、たしかにラフカディオ・ハーンの言うとおり「心の中に生きている」ものなのかもしれない。