北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

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bixit

北欧ノルウェーより、Bixitのブルーベリーシリアルバーが届きました。

ザックリとした食感とオーツ麦、小麦の全粒粉の素朴な味わいが、いかにも北欧的。

なお、こちらの商品は賞味期限が2/26までのため、特別に期間限定&数量限定、しかもお求めやすいよう通常はおこなっていないバラ売りでの販売となります。

この機会にぜひお求め下さい。

Bixit ブルーベリーシリアルバー 特別価格 100円(1袋2枚入り)
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最近はめっきり迷うことがなくなった。

仕事の話、じゃないですよ。仕事なら、むしろしょっちゅう迷ってる。文字通り、「道に迷う」という意味での話。東京でも近ごろはだいたい決まった街にしか出かけないし、行ったら行ったで目的をひとつひとつ着実にクリアする感じ、迷ってる余裕すらない。これはなんとも味気が、ない。

このあいだ、巣鴨に行った帰りにちょっと迷った。ふつうだったら山手線で戻るところ、不意に思い立ってトラムならぬ「都電」にのったのだが、終点である「早稲田」と地下鉄の「早稲田」とがけっこう離れていることを知らなかったのだ。停留所の地図で「道なりにゆけばよい」ということだけはなんとなく理解したのだが、あのあたり道がけっこう蛇行していたり枝分かれしていたりでわかりづらい。けっきょく土地勘のない場所をふらふらと、勘を頼りに、きっと本来の3倍くらいの時間かかってようやくたどり着いたのだった。

とはいえ、あらためて言うほどのことでもないかもしれないが、そんなふうに「迷う」ことで目に飛び込んでくる景色があるのだし、それはまたささやかな「発見」でもある。ぼくらにとって旅の印象がいつもヴィヴィッドなのは、すくなからず旅には「迷うこと」がつきものだからなんじゃないだろうか。ひっくり返せば、わざわざ時間とお金をかけなくても、近場でひたすら迷ってみればそこにはいくつものちいさな「発見」があり、ちょっとした「旅」と変わりないような密度の体験ができるのかもしれない。

それに、もし、迷わないことでひとは「発見」もしなくなるのなら、仕事で迷うというのもそれはそれで悪いことじゃないような、そんな気にもなってくるのだ。
このあいだの休みのことだ。

新宿から山手線にのって巣鴨に出ようと思ったところ、運悪く人身事故にぶつかってしまい電車が動かない。やむなく総武線で水道橋に出て、そこから都営地下鉄に乗り換えることにする。ほんとうは千石でお昼ごはんを食べようと思っていたのだが、もうランチタイムには間に合いそうもない。そこで、携帯電話の地図を頼りに以前から名前は知っていたもののまだ行ったことのない水道橋のお店をめざすことにする。

途中、地図に「小栗坂」というのがあったのだが、いざその場所に来てみるといきなり下り坂でびっくりする。どうやらぼくの場合、「坂」という文字を見ると自動的に、勝手に「上り坂」を連想してしまうらしい。

「なんだ、坂じゃないじゃん」。

角を曲がった瞬間、そこにあったのが下り坂だったとき思わずこうつぶやいたのだが、「下り」だって立派な坂道にはちがいない。「坂」に謝りたい気分である。

ちなみに、その坂道の角に建つビルの一階はなにかのショールームのようになっていて、なにげなくガラスに印刷されたカッティングシートを見ると

RANTASALMI

フィンランド語だった。街を歩いているとこんなふうに、まるでRPGの隠しアイテムかなにかのようにフィンランドと出くわすことがすくなくない。犬も歩けば~というほどには、巷にフィンランドが溢れているとも思えないのだが。

それはともかく、無事たどり着いたそのお店はどことなく原宿の「J-COOK」を思わせるたたずまいで、春菊のペーストを使ったパスタは、ほんとうは春菊が好きではないにもかかわらず好奇心からオーダーしたのだったが、思いのほかやさしい味でなかなかおいしかった。ここまで書けば、きっとわかる人にはどこのお店かわかるだろう。

そうして、帰りは坂道を「坂」らしく、ちゃんと「上って」帰ったのだった。やっぱり坂道は上ってなんぼのもの、ちがうだろうか?
そういえば、正月明けに熱海を訪れたとき立ち寄ったカフェについて、なにも書いていないことにいまさらながら気づいたのだった。あまり時間がなく、アップできるような写真すら撮っていなかったのでなんとなく機会を逸してしまったというのが実のところ。あらためて思い出したのは、きょう、その熱海のお店CAFE KICHI (カフェキチ)のスタッフの方が連れ立って「moi」に来てくださったからである。

じつは去年の秋にも一度、スタッフのSさんが「moi」を訪ねてくださっている。そのときはぜんぜん熱海に行く予定などなかったのだが、ご存じの通り(?)年末になって不意に「温泉にでも行くかっ」と思い立ち、たまたま予約を入れたのが熱海にもほど近い網代の宿だった。さらに偶然、その予約を入れたすぐ後にKICHIでおこなわれる展覧会のご案内とともに、Sさんから手紙をいただいた。なんという絶妙なタイミング!というわけで帰りがけ、急ぎ足ではあったけれど、お邪魔させていただいたのである。

CAFE KICHIさんは熱海駅のすぐ近く、お土産屋さんが立ち並ぶ商店街からほんのちょっと路地を入ったところにあった。古い民家を改装したような味のあるたたずまい。とても静かで、おだやかなカフェ。荻窪時代の「moi」もしかり、路地裏でそっとみつけてくれるのを待っているかのようなカフェが、ぼくは好きだ。それになんといっても、豆を挽きハンドドリップで淹れてくれるコーヒー(ちなみにぼくが飲んだのは「モカ・フレンチ」)もおいしい。ぼくの場合、東京でもどこかよその町でも、「落ち着いておいしいコーヒーを飲める場所」がひとつあるだけでその町に対する親近感というか愛着がぜんぜん違ってくるような気がしてならない。

というわけで、

もしつぎに熱海を訪れることがあったなら、行きがけと帰りがけ、最低2回はこの店を訪れるような気がする。もちろん、今回は食べられなかった「桜エビとしらすのピザトースト」もぜひ注文してみよう。熱海はもちろん、東伊豆方面に遊びに行かれる方もぜひ。
あまり書くこともないのでひさしぶりに音楽ネタでも。

清水の舞台から飛び降りるというほどではないにせよ、たった一曲のためにCDをまるまる一枚買うには二階建てのアパートの屋根から飛び降りるくらいの勇気は必要とするもので、そんなにまでして手に入れたCDはさほど多くはないのだが、この、サヒブ・シハブというちょっと不思議な響きの名前をもつマルチ・リード奏者がデンマークのミュージシャンたちとともに吹き込んだCDはぼくにとってそんな数少ない一枚である。

何年か前、CDショップの試聴機でこのCDの六曲目に収められたHarvey's Tuneという曲を耳にしたとき、いつもなら迷わずレジへと持ってゆくところがつい躊躇してしまったのは、ほかでもない、その他の曲の全部がぼくの好きなタイプとはちょっとちがっていたからである。だいたい、トランペットとかサックスとかがいまいち得意じゃない。トロンボーンやホルンはOK、フルートならむしろ大歓迎なのに。そしてこのHarvey'sTuneという曲では、サヒブ・シハブはそのフルートを吹いている。心浮き立つようなベースのイントロにのって軽快にフルートが歌い出す、都会の冬の朝にとてもお似合いのナンバー。ジャズというよりは、以前ここでとりあげた『裸足で散歩』みたいな、どちらかというと六〇年代の軽いコメディー映画のサウンドトラックにも通じるしゃれた楽曲である。

結局ぼくは三ヶ月くらい散々悩んだあげく、このアルバムを手に入れたのだった。「気に入った曲をダウンロード」ではなくて、いまだにCDショップや中古レコード屋でお気に入りの音楽を探し歩くようなぼくと同じ「古いタイプの音楽好き」ならば、きっとこんなふうに悩んだ経験を持っているんじゃないだろうか。

このあいだ、とてもひさしぶりにこのCDを引っ張りだして聴いてみたのだが、やっぱりというか、相変わらず他の楽曲はぼくにはピンと来なかった。だから、ぼくのPCにはいまだにこのHarvey's Tune一曲しか入っていない。もちろん後悔なんてしていないほどに、この一曲はすばらしく気持ちいいのだけれど。

ところで、このCDのジャケットを眺めると、レコーディングスタジオで共演者たちとともにフルートを吹く白いセーター姿のサヒブ・シハブが写っている。スタジオの壁には丸い時計が掛けられていて、時計の針はちょうど十一時四十一分を指している。午前か午後か、時計だけでは定かでないが、もしもそれがHarvey's Tuneの録音中だったとするならば(なにせ写真の中のシハブはサックスではなくフルートを構えているのだし)、断然それは午前中なんじゃないだろうか。なんといっても、ぼくが抱くこの曲のイメージに「午前十一時四十一分」はまさにぴったりなのだから。

●↓YouTubeに、その「Harvey's Tune」の音源がアップされているのを発見。いつ削除されてしまっても不思議ではないけれど、とりあえず。



Sahib Shihab and the Danish Radio Jazz OrchestraSahib Shihab and the Danish Radio Jazz Orchestra
(2008/04/29)
Danish Radio Jazz Orchestra

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aalto_coffee_can

アアルトコーヒーのオリジナル・コーヒー保存缶が入荷しています。

エナメルのような質感が美しいコーヒーカラーの本体に、シルバーでフタ上部にはコーヒー豆のイラストが、そして側面には「aalto coffee」の手描きの文字がプリントされています。こちらのイラストは佐々木美穂さんによるものです。ちゃんと中蓋もついていますので、コーヒーはもちろん茶葉やお菓子の保存にもうってつけです。

サイズは2種類。

大 (200グラム保存できるタイプ)・・・ 1,200円
小 (100グラム保存できるタイプ)・・・ 950円

よろしくお願いします。

なお、コーヒー豆も入荷しております。お早めにどうぞ!
好評(?!)連載中のコラム「CAFEをやるひと×BARをやるひと」。今回で第24回、ということは・・・なんと2年間も(!!!)続いているんですね。耐久レースよろしく、ガス欠ならぬネタ欠でエンストするまで頑張ります!

雑誌「カフェ&レストラン」2月号のテーマは、「ご近所づきあい」。カフェもバーも街の一部というわけで、日々のささやかなよろこびや悩みについて書いています。

よろしければぜひ。

カフェ&レストラン 2009年 02月号 [雑誌]カフェ&レストラン 2009年 02月号 [雑誌]
(2009/01/19)
不明

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DI
まるで、きのうはどこか観光地のドライブインで仕事しているかのような、そんな気分だったのである。

というのも、お客さんがやってくる感じがいつもの週末とはずいぶんと違っていたからで、わずか10分くらいのあいだに一気に満席になってしまったかと思うと、こんどは合図したかのように一斉に席を立ち、またたく間に店内は静まりかえってしまうといった具合。もちろん、こういうことは客商売では必ずしもめずらしくはないのだが、きのうのように極端なのはそうあることでは、ない。

で、それがなぜ「観光地のドライブイン」かというと、その静寂と喧噪とがめまぐるしく交互する感じが観光バスの発着がもたらすドタバタを思わせたからである。そして、結果的にいえば、きのうのモイでは

ほぼ一時間に一台の割合で観光バスが到着していた

ことになる。もちろん、「観光地のドライブイン」とは違い、こちらは事前に「何時ごろ何台くらいの観光バスが到着する」といった情報を知らされているわけではないので、その舞台裏のドタバタぶりたるや、「観光バス」というよりはむしろ

ほぼ一時間に一隻の割合で「黒船」が襲来していた

くらいな感じだったのだ。さっきまでまったりしていた人々が、次の瞬間にはバタバタと走り回っている(なぜかスニーカーの甲にぺらっと一枚スモークサーモンがのっかっている人あり)様子を遠くから、客観的に眺めたらさぞかし面白かったにちがいない。
お正月といえば、きまって登場するのがユニークな「福袋」。ことしも「ボクシング世界王者とのスパーリング権利」とか「新宿駅の一日駅長体験」、はたまた「婚活支援福袋」といったあんばいで、ほとんど百貨店どうしがアイデアの奇抜さを競いあっているような印象すらある。

ところで、ぼくがこの正月手に入れたのは

Kino Iglu [キノイグルー]の有坂氏があなたのためおすすめ映画をセレクトしてくれる」

という福袋。

というのはもちろん真っ赤なウソで、たまたま年末に有坂くんと立ち話をした折、正月休みに観る映画でおすすめは?という話をしたところ、しばらくして映画のタイトルがずらりと並んだメールがぼくのもとに届けられたというわけ(有坂さま、この場を借りてあらためてお礼申し上げます)。セレクトされた作品は年代も国もバラバラだが、いかにもぼくが観ていそうな映画は巧みに除けられているあたり、さすがは有坂くんである。

さっそく大晦日に何本かまとめて借り意気揚々と家に戻ったものの、風邪のせいで映画を観る気力が失せてしまい、けっきょく休暇のあいだに観れたのはたったの一本だけだった。そしてその唯一の一本がこの作品、『ジョルスン物語』だ。アル・ジョルスンという実在の、アメリカを代表する歌手をモデルにした、いわば「伝記物」である。

厳格なユダヤ人の家庭に育った少年が、ひょんなことからその美声を買われ旅回りの一座にスカウトされる。はじめは猛反対する両親だったが、すぐさま息子の天賦の才能を認め、彼の活躍を温かい目で見守るようになる。

持ち前の美声と、顔を「黒人風に」黒塗りにしてのユーモアたっぷりのパフォーマンス、そしてなんといっても観客の楽しむ顔を見るためならどんな苦労も厭わないという天性のサービス精神で、ジョルスンはあっという間にスターダムをのしあがる。

と、ここまではいかにも順風満帆といったところで、その輝かしいサクセスストーリーがさまざまなエピソードとジョルスン本人が吹き替えたというヒットナンバーの数々とで、まさにジェットコースター並みのスピードで語られてゆく。

そしてそんなアル・ジョルスンの「決め台詞」は、

お楽しみはこれからだ (You ain't heard nothin' yet)

というもの。もう十分楽しんだよ、という観客を制して、いやいや、まだ、あんたがたはなんも聴いちゃいないよというわけで、もちろん観客は大喜びの拍手喝采、彼のエンターテイナーとしての旺盛なサービス精神を物語る名文句なのだが、同時にそれが彼にとっての最愛の人に悲しい決断をさせるきっかけとなってしまうところがなんとも皮肉である。

それでも、そんなちょっとほろにがなエンディングに反して、この映画、けっして後味が悪いというふうに感じられないのはなぜだろう? それはもしかしたら、観客を前に歌い踊るジョルスン(ラリー・パークス)の表情がいつもあまりにも、ありえないくらいに幸福そうにみえるから、じゃないだろうか? そしてその歌声(実際のアル・ジョルスンによる吹き替え)ときたら、まるで羽毛のように軽く柔らかく、思わずこちらの表情までほころばせてしまうような種類のものなのだ。

ひとびとに束の間の幸福をもたらす使命を帯びて天上よりつかわされた孤独な天使、というのがこの映画を通じてえた、ぼくのアル・ジョルスンに対する印象。家出した少年時代の彼を連れ戻しにきた両親が、保護された教会の聖歌隊で一際うつくしくソロ・パートを唄う息子の姿を目の当たりにして連れ帰ることを断念するシーンなどは、それが実話かどうかはともかく、ジョルスンにどこか天使的なイメージを垣間見させる隠し味になっているのかもしれない。もちろん、ほんとうに彼が天使であったならみずからに課せられた使命をよろこんで全うしたことだろうが、そこはやっぱり「人間」なのであって、そこがまた観ているこちらにとっては切ないところでもある。

それはそうと、有坂くんがセレクトしてくれた映画はぜんぶで二〇本ほど。そのうち、ぼくがすでに観たことのあるもの、それに今回観た『ジョルスン物語』を除いても、まだ観ていない映画は十五本も、ある。まさに、お楽しみはこれからだ(You ain't seen nothin' yet)


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ラリー・パークスイヴリン・キース

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毎度、絶妙のタイミングで売り切れてしまい申し訳ありません。

徳島よりaalto coffee [アアルトコーヒー]さんのコーヒー豆が入荷いたしました。豆は、お店でも使用している「アルヴァーブレンド」です。

深煎りなので当然苦味はありますが、そのぶん柔らかい甘みも楽しめます。いまの季節ですと、お好みの配合でミルクと割ってカフェオレにしても最高です。

ちなみにアアルトコーヒーさん、現在発売中の雑誌「一個人 (いっこじん) 2009年 02月号」でも大きく取り上げられています。書店でみかけたら、ぜひ。
catherine_on_tv
いま、スタッフの「カトリーヌ」(←バリバリ日本人です)がフィンランドを旅行中。はじめての海外ひとり旅ということもあり、「父さん」的にはちょっと心配なのである。

そこで思いついたのが、宿泊しているホテルにもほど近いライブカメラの存在。

さっそく下したミッションは、

滞在中、毎日現地時間の午前10時(日本時間の午後5時)にそのライブカメラの前に元気な姿を現すように

というはなはだ迷惑なもの。それでも、そんな理不尽なリクエストにちゃんと応えてくれる心優しいカトリーヌなのであった。寒々しい景色の中、目印の塔のまわりをグルグルと周回する怪しげな黒い人影。そんな挙動不審な人間、ほかには見あたらないので人まちがいの心配もない。

ほんとうは、カメラの前で凍ったバナナでクギを打つくらいのパフォーマンスをしてもらいたいところだが、零下20度どころか、ろくすぽ雪すら降っていないいまのヘルシンキでは無理な話。

さて、あしたの予報は「雪」。もしかして吹雪? いったいどんな光景が繰り広げられるのか、まったく楽しみで仕方ない。
遅まきながら、仕事始め。本年もどうぞよろしくお願い致します。

去年もちょこちょこイベントなどやらせていただきましたが、今年はよりいっそう、フィンランドや北欧好きな方々といっしょに時間を共有できるようなイベントをできればと考えています。

それにしても、、、雨。仕事始めだというのに。

予報通り「雪」じゃなかったのがせめてもの救い、か。ひさしぶりの雨がよりによって仕事始めの日にぶつかるなんて、なんか日ごろの行いが悪いみたいじゃないか。

お正月にお遊びで、じぶんの名前を入力するとそのひとの「脳内メーカー」が表示されるというのをやってみたところ、こともあろうにこんなのが出た後だけに非常にイヤ~な気分なのである(いったいどんな悪党なんだ、オレは)。

まあ、こんな店主ではありますが、今年もよろしくおつきあいの程お願いいたします。

彩雲堂あんぱん

伊豆にでかけた帰り、なにげなく東京駅のDEAN&DELUCAをのぞいたところ、「発見」してしまいました。

その名も、彩雲堂あんぱん

松江(←またもや、島根ネタ)の老舗和菓子舗「彩雲堂」のこしあんを使ったDEAN&DELUCAのオリジナル商品です。

あんは松の実、けしの種、カボチャの種などを生地に練り込んだハード系のパンに包まれています。あんはやや少なめ。よって、こしあんの上品さがハード系の生地に負けてしまうのではと心配だったのですが、意外や意外うまいこと調和しています。あんが「主役」を張るかわり、「アンサンブル」に徹することで微妙なバランスが保たれているといった印象。このあたりの計算はさすがですね。パン作りに和菓子的発想をフィードバックしているといった感じでしょうか。

Oクンからお土産にいただいた、京都「カフェ工船」のインド・バルマンディ(バルマディーズ?)とともにおいしくいただきました。
20090106

完璧とは言えないまでも、風邪はもうだいぶよくなった。

おかげで、元旦から三日まではほとんどなにも予定を消化できないまま終わってしまったけれど。いっそのこと、ぼくにとってのお正月は四日が元旦だった、そうかんがえればいいだけの話。となると、今日をもって「三が日」も終了、というわけである。

さて、せっかくの「お正月」である。どうせならふだんとちがう場所で、ふだんしないことをして過ごそう、そうやって無理矢理にでも一年の節目をつけてしまおう、そうかんがえたのだった。

そこで思いついたのが、

露天風呂につかりながら朝日を拝む

というプラン。まずは近所の神社で遅まきながら「初詣」をし、そのまま熱海を経由して東伊豆の網代という町に移動。きのうから今日にかけ、相模湾を一望のもとに見渡せるちいさな旅館に一泊した。ところで、基本的にぼくは温泉というものにまったく愛着のない人間なので、あえて自分から「温泉にいこう」などと言い出すことはまずない。奥さんがビックリしたのも言うまでもない。

前日は曇り空で心配したが、翌朝は晴れて大島の上から朝日が昇る様子をしっかり拝むことができた。もちろん、風呂につかりながら(↑画像は本日午前七時前の日の出)。風邪が治りかけの身としては、早朝の露天風呂はかなりヤバい気もしなくはなかったのだが、風もなく、冬の朝にしては穏やかな陽気だったのはラッキーだった。あとはぼんやり海を眺めたり、コートを羽織って、気が済むまで足湯につかりながら持っていった本を読んだり。滞在時間にしたら24時間にも満たないが、優雅なリゾートライフとは精神的にも物質的にも無縁なぼくとしてはこれくらいがちょうどいい。

あすは、ほんとうのお正月(?)に行けなかった実家にすこし顔を出したりして、失われた「空白の三が日」を猛ダッシュで埋め合わせする予定。

「仕事始め」まで、いましばらくお待ちを。
20090104

かつては赤ペン先生を自称していたこのぼくだが、店を始めてからというものすっかり競馬とも遠ざかってしまった。この前、馬券を買ったのがいったいいつだったかすら思い出せないほどだ。だいたい、中央競馬のレースは毎週土曜日と日曜日のみ、しかもメインレースは午後3時半くらいと店がいちばん忙しい時間帯にあたっているのだから仕方ない。かといって、馬券だけ買うのではどうもつまらない。馬券のためにレースを観るわけじゃない。レースを観るために馬券を買うのだ、というのがぼくの考え。リアルタイムでレースを観られないなら馬券を買ってもしょうがないのだ。

それはともかく、ことし最初におこなわれる大きなレースは中山競馬場の「金杯」。競馬好きにとっては、一年を占う運だめし的な意味合いをもつレースで、それだけに力が入る(で、いつも当たらない)。ことしは運良く開催日がこちらの正月休みと重なっていたので、ひさしぶりに競馬場へ行ってみようかと早くから決めていた。

ところが、、、

この正月風邪をひいてしまったため、泣く泣く競馬場行きは断念。それでも、せっかくだからと新宿の場外馬券売場まで出かけ馬券だけ買ってきたのである。ちょうど昼休みにあたっていたせいかそんなに混んではいなかったが、あいかわらず空気は悪い。そしてその淀んだ空気がなぜかやけに懐かしい~(笑)。ぼくが競馬から遠ざかっているあいだに新しい馬券の種類が増え、マークシートも変わっていたりしていて買うまでにちょっと戸惑ったりしたものの、とりあえずは無事購入完了。買い物して(きのう、おとといと一歩も外に出れなかったので)、あとは家に戻ってゆったりテレビ観戦だ。

結果は、、、

見事的中!ひさびさの快勝!!!

それもこれも努力の賜物↑です。ここまで風邪のせいで不完全燃焼気味なお正月だったのだが、ウマから「お年玉」をもらったおかげで気持ちよく一年のスタートを切れそうだ。

↓おまけ。スウェーデンのテレビで放映されていた地元の競馬中継。北欧の競馬の主流は、フィンランドも含めこの「トロット競馬」である。レースは、騎手を乗せた二輪車を牽引したウマによって競われる。スピードも遅く、なんとものどか。村祭りの余興を観ているかのような気分になってくるのだった。

horserace


正月なのに、味がしない。初詣にすら行ってない(泣)。

去年最後に読んだ本は吉本隆明の『ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ』

ひきこもること、イコール「分断されない、ひとまとまりの時間をもつこと」と定義した上で、そうした「時間」が「自分が発して自分自身に価値をもたらすような言葉。感覚を刺激するのではなく、内臓に響いてくるような言葉」(それを彼は他人とコミュニュケートするための言葉ではない「第二の言語」と呼んでいる)をもたらすことに着目し、じっくりと自分にとっての「価値」を育て熟成させるためには「それもいいじゃないか」とみずからの「ひきこもり体験」を引き合いに出しながら語っている。

また、人は何ものかになるために「分断されない、ひとまとまりの時間」を必要としていると説く吉本は、「仕事」についてこんなアドバイスもしている。

ひきこもっていてもいいし、アルバイトをやりながらでも何でもいいから、気がついた時から、興味のあることに関して「手を動かす」ということをやっておくのが大事だ、と。そしてそれを10年続ける。「のんびりやろうが、普通にやろうが、急いてやろうが、とにかく10年という持続性があれば、かならず職業として成立」すると。

さらに、たとえ身近に「頭のいい人」が現れたとしても競り合うことはないと言う。なぜなら、なにかにつけて「自分を鋭く狭めてゆくところのある」頭のいい人は長い目でみればそんなにいいことでもないのだから。それよりはむしろ、めざすべきは「少しゆるんでいて、いい加減なところがあって、でも持続力だけはある」熟練した職業人なのである。

ところで、夜中眠れなくなってなんとなくテレビをつけていたら、指揮者朝比奈隆の「生誕100周年」を記念して制作されたドキュメンタリーが放送されていた。

93歳で亡くなる直前まで頻繁に指揮台に上がっていた朝比奈だが、晩年の彼のコンサートはほんとうに独特なものだった。華やかさとも巧さとも無縁なのだが、その音楽の巨大さ、生々しさときたら他のどんな指揮者とも比較にならないほどのインパクトがあったのだ。

ちなみに朝比奈隆の指揮者としてのキャリアは、なんと、65年!べつに朝比奈を「ひきこもり」というわけじゃないけれど、長年にわたる「持続力」があの音楽に満ち満ちた説得力をあたえたと考えるのはけっして間違ってはいないように思える。

ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ (だいわ文庫)ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ (だいわ文庫)
(2006/12/10)
吉本 隆明

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ことし最初に観たのは、ジョン・フォード監督の手になる映画『静かなる男』。ひとことで言えば、無骨な映画。この映画を愛せるかどうかは、この無骨さを愛せるか否かにかかっているんじゃないだろうか。

アイルランドの血を引きながらも、移民の子としてアメリカで育った男(ジョン・ウェイン)が、ある「事件」をきっかけに自身のルーツであるアイルランドの村に「帰って」くる。偶然見かけた娘(モーリン・オハラ)にひとめぼれした男は、ほどなく娘と恋に落ち求婚するのだが、頑固で閉鎖的な村社会の因襲がふたりの幸福な結婚生活の行く手を阻む。ついには、彼のことをよく思っていない娘の兄(ビクター・マクラグレン)と「持参金」をめぐって壮絶な殴り合いをくりひろげることになるのだ。

ところで、ちょうどいま読んでいる本のなかで、吉本隆明がケンカの極意のようなものについてこんなふうに語っている。

で、まあ、僕はケンカを、引いて引いてもう我慢できねえっていう時に本気でやれば、だいたいは勝つと思うんですよ。

限界まで追いつめられはじめてひとは「本気」になることができる。本気になることによって恐怖心も克服され、結果「勝ちパターン」にもってゆけるのだ、というのである。じっさい、この映画でジョン・ウェイン扮する男ショーンは、あるトラウマから最後の最後まで決闘に応じることができないでいる。そのトラウマというのは、かつてプロボクサーとして対戦相手を死なせてしまったという「過去」である。だが、そのため自分の妻にさえ臆病者よばわりされてしまうのだ。

そういえば、と比べてしまってよいのかよくわからないのだが、ジャッキー・チェンの映画もたいがいそんな展開じゃなかったろうか。あれはほとんど「いじめられっ子」が逆ギレするようなパターン。子供のころ夢中になっていたウルトラマンなんかだって早く変身しちゃえばいいのになかなか変身しないのだが、これはまあ、ちょっとぜんぜん話が違うというのは「決闘シーン」のあるドラマに疎いぼくでもさすがに分かる。

話は見事に逸れたが、この映画もまた、我慢に我慢を重ねて追いつめられるおよそ100分と溜まりに溜まったエネルギ-が一気に爆発する30分との二部構成になっている。この映画のことを教えてくれた常連のお客様(競馬好き)は、ウマを撮らせたらジョン・フォードの右に出る者はいないんじゃないか、と言う。なるほど、劇中の競馬シーン、アイルランドの大自然の中を疾走するウマたちのド迫力はまさに圧巻だ。ジョン・フォードがはたしてウマを巧みに操る乗り手だったかどうかについてぼくは知らないのだが、観衆の心理をしっかり掌握し、最後の決闘シーンで一気にカタルシスを味わわせるあたり見事な手綱さばきと感心せざるをえない。

ネットですこし調べると、この映画が単純なエンターテインメント作品である以上により深い示唆に富んだ問題作―自身アイルランド系移民の子供としてアメリカで育ったジョン・フォードによる故国アイルランドへのひとかたならぬ熱い思いだとか、アイルランドという国をめぐるさまざまな歴史的、政治的背景だとか―であることがわかるのだが、個人的にはあまりそういうことはかんがえずに、ただひたすら単純に、あたかも手づかみで鶏の丸焼きでも食べるみたいにその無骨さと素朴な味わいを楽しんだのだった。

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あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

↑はヘルシンキの中心部にある「Lasipalatsi」のライブカメラより、朝焼けに照らし出される元日のヘルシンキの街。いつもながら、、、誰もいません。カウントダウンの時間帯には地味に花火など上がったりもしていたのですが。

それはそうと、正月早々ノドが痛い。休みに入ると同時に風邪にやられるなんてなんだか立派な社会人みたいだなどと思いつつ、めずらしく昼近くまで眠ってしまいました。こんなこと数年に一度あるかないか。休みでもあまりゆっくりできない性質なのです。

そして、あっという間に夜。ブログにことし最初の記事をアップして一日が終わりそうな予感。大晦日まで仕事だったのだし、ま、元旦くらいいか、と自分に言い訳しつつ。

↓は、北極圏の都市ロヴァニエミの元日朝の様子。街の中心部、「Lordin Aukio(ロルディ広場)」(←こんな名前になっていたなんてまったく知らなかった)のライブカメラより。案の定、、、誰もいません。

それにしても、いくら地元出身とはいえ、そしてユーロヴィジョンで優勝したとはいえヘヴィメタのバンドの名前が広場についてしまうなんてさすがはスオミです。

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