北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

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福島第一原発の事故について「"科学の危機"とどう向き合うか」というテーマの下、ノーベル化学賞受賞者の野依良治さんがテレビで話をしていた。

このような「悲劇」を繰り返さないために、「科学技術」ではなく、「科学」と「技術」とを分けてかんがえることが肝要と野依さんは、説く。中立的・客観的に真理を追究するのが「科学」であるのに対し、ひとや社会が利用することが前提の「技術」からは、当然「光と陰」が生まれる。「科学」と「技術」とをいっしょくたにしたうえで、むしろこの資本主義経済の社会にあって、「技術」が「科学」をのみこむかたちで推し進められてきたのが日本の原子力行政だったいうことだろうか。

想定外。今回の事故にかんしてたびたび登場するこの言い回しについても、その「科学」と「技術」とを分けてかんがえるという立場から野依さんは、言う。そもそも「科学」があつかう領域は「想定外」のことばかりなのだから、「科学者」はけっしてそれを逃げ口上にしてはならない、と。そうして、「技術」の暴走に対して科学者たちがそれを牽制するような積極的発言をしてこなかったことについて、「内向きだった」と反省する。

野依さんはさらに、原子力について(少なくとも現時点では)「人智を超えたエネルギー」としたうえで、将来的には太陽光などの自然エネルギーに変えてゆくことが望ましいと明言する。ノーベル化学賞受賞者の口から飛び出した、この、まるで原子力に対する敗北宣言ともとられかねない発言には思わず耳を疑った。「『科学』と『技術』とを分けてかんがえる」という野依さんの最初の指摘からこの発言を「読め」ば、こういうことになるだろうか。

「科学」としては、原子力を追究する手は弱めるべきではない。が、現時点でそれが「人智を超えた」ものである限りにおいて、「技術」はまだそれを使うべきではない。そのかわり、「技術」は再生可能な自然エネルギーにこれまで以上に積極的に取り組むべきである、と。

ダイナマイトを発明した科学者アルフレッド・ノーベルはその晩年、兵器として大量殺人にそれが使われるようになったことについて悔いていたという。まさに、「科学」と「技術」とをいっしょくたにすることによって生じる「悲劇」に苦しんだ科学者がノーベルその人なのであって、「科学者」野依良治さんの話はその名前を冠した賞の受賞者にふさわしい卓越した知見だと感じた。





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