北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

2017/07123456789101112131415161718192021222324252627282930312017/09

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ゆうべは【部活】、o-moroシオミさんを招いての【フィン音楽部】だった。

テーマは「ピエニ・ムシーッキの楽しみ」。ピエニ・ムシーッキ(pieni musiikki)というのはフィンランド語で「ちいさな音楽」、その名の通りソロ、デュオ、トリオといった小編成で演奏されたフィンランドの音楽(おもにジャズ)をみんなで聴き、おしゃべりに興じようという内容。そのなかで、なんとなく感じたことをメモとして書き留めておこう。


自由さ


これは、前回おなじくシオミさんに解説してもらった「フィンランドジャズと出会う5枚」という【部活】の場で話題にのぼったキーワード。

60年代に入ってから一気に「輸入」されたフィンランドのジャズは、それゆえ時系列に消化され進展するかわりに、あらゆるスタイルがごった煮的に混ぜ合わさった独特のスタイルを身にまとい進化することになる。さらに、当時ジャズを演奏していたミュージシャンたちが、ジャズにかぎらずロックやポップス、クラシック、あるいは民族音楽などのさまざまなバックボーンを持っていたため、よりいっそうその演奏はよくいえば「多種多様」、悪くいえば「つかみどころのない」ものとなっていった。フィンジャズが、いわゆるアメリカのジャズとも、その影響のもと開花したデンマークやスウェーデンなどスカンジナヴィアのジャズとも明らかに異なる印象を受けるのはそのためである。

編成という点にも、フィンランドのジャズの「自由さ」は際立っている。

たとえば、いま来日中のニクラス・ウィンターとテーム・ヴィーニカイネンは、ギター2本だけで一枚のアルバムをつくってしまったし、同じく来日中のレイヤ・ラング・トリオは女声ボーカル、ギター,それにベース(ときにヴァイオリンに持ち替えたりもする)という不思議な編成だったりする。こうあるべきという「定型」がまったく頭にないようでもある。それが彼らのルールなのだろうか? いや、もっと自然体で破綻(?)しているのが彼らのユニークさじゃないだろうか。

それは、いってみれば「DIY精神」のようなものかもしれない。北欧の人たちが大好きな「DIY」。休日に、あるいは仕事の後に、ありあわせの材料でコツコツと黙々と大工仕事に打ち込むあの感じ。いい鍵盤奏者がみつからなかったら仲間のギター弾きを連れてきてトリオを組んだり、ドラムがみつからなかったらいっそドラムレスにしてしまったり……。そんなDIY的な音作りのなかから、思いがけず新鮮なサウンドや絶妙な駆け引きが生まれてくるのだ。

アタマの中から、いちど「~はこうあるべき」という先入観を取り払ってしまうと、フィンジャズはいままでよりずっと親しげに微笑んでくれるような気がする。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://moicafe.blog61.fc2.com/tb.php/1281-69cec253
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。