北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

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プールサイドのブルーノ・マッソン風の椅子に、両目を軽く閉じている全裸の女は、シャーロッテ・パルムグレンだった。(シューヴァル=ヴァールー『サボイ・ホテルの殺人』高見浩訳78ページ)

スウェーデンの南部、スコーネ地方の都市マルメがその小説の舞台である。〝タンバリンスタジオ〟しか思いつかないほどに、ぼくはマルメという街をまったく知らない。スウェーデンの首都よりは、隣国デンマークの首都のほうがはるかに近い(たしか鉄道で40分弱?)ということは知っている。もちろんまだ行ったことはないが、いつか行くことにはなるのではないか。〝希望的観測〟だけど。

マルメには、その小説によると「ヴェストラ・フェルスターデン」なる高級住宅エリアが存在するらしい。事件の被害者にして実業界の大立て者、ヴィクトール・パルムグレンはその一角に建つ豪奢な屋敷に暮らしていた。おなじマルメでも「メレヴォン広場周辺の労働者階級住宅地」の出身であるモーンソン警部は、それゆえ、いい大人になったいまでもこの地区に来ると「違和感」を感じずにはいられない。推測するに、その「違和感」とは「この国には本当に〝平等〟は存在するのか?」という幼い時分から抱きつづけてきた感覚だろう。

こっそり忍び込んだパルムグレンの屋敷でモーンソンが目にしたモノ、それが冒頭に引用した「ブルーノ・マッソン風の椅子」だった。1907年スウェーデンの南部ヴァルナモの生まれ。家具職人を父親に育ったブルーノ・マットソンは早くからその才能を開花させ、人間工学と優美な曲線を融合させた洗練されたデザインで一躍人気デザイナーの仲間入りを果たす。おそらくプールサイドで全裸の女性が横たわっていたのは、1944年に世に出た〝Pernilla3〟と呼ばれる長椅子だったのではないか。いかにもブルーノ・マットソンらしい優美で、こう言ってよければ〝スノッブ〟な匂いのするデザインである。バブルのころ、都心の億ションにはたいがいカッシーナのソファが置かれていた。あ、すいません、見てきたように書いてしまいました…… 置かれていた、らしい。ちょうどこの『サボイ・ホテルの殺人』が執筆された当時、60年代後半の裕福なスウェーデンの家庭には、きっとそんなふうにブルーノ・マットソンの椅子が置かれていたにちがいない。

貧しい地区で育ったモーンソン警部にはしかし、それは「ブルーノ・マッソン風」としか判らなかったのである。

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