北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

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〝前世〟について話すひとがある。たいがいは、どこそこに〝前世〟をみる能力を持ったひとがいて、ためしにみてもらったところ自分の〝前世〟は◯◯であった、という内容である。

かねがね不思議に感じ、かつツマラナく思っていたのは、そうして話される〝前世〟の多くが「中世ヨーロッパのお姫様」であったり「戦国時代の武将」であったりするからである。いっぽう、〝前世〟が「村いちばんのキノコ採り名人」であったり「フグにあたって死んだ板前」であったり、また場合によっては「一般的なサイズのオニヒトデ」であったりするひととは出会ったためしがない。まるで〝いまの自分よりもステキであること〟が、なにより前世占いの〝お約束〟であるみたいに。

これはその昔、ぼくが友人のそのまた友人から直接聞いた話である。彼女はやはり、なにかの縁で出会った〝その筋のひと〟に〝前世〟をみてもらった。ところが、彼女が聞かされた自分の〝前世〟はちょっと想像の域を超えていた。というか、むしろ納得しがたいものだったという。なぜなら彼女に告げられたその〝前世〟というのが、「ダンプカーの運転手」だったからである。

ただでさえ男前なオーラを醸し出している姉さんが、憤懣やるかたなしといった様子で話す姿にはいかにも「ダンプカーの運転手」という〝前世〟は似つかわしく感じられた。しかし、それはやはり〝占い〟とはまた別ものだろう。なにしろ、それは〝見たまんま〟なのだから。
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