北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

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どこか恐ろしくも魅力的なのが、「給水塔」と呼ばれる建造物である。〝恐ろしくも魅力的〟という点で、ぼくにとって「給水塔」は「不協和音」にも通じる。不意に挿入されるモーツァルトの不協和音に、ひとは〝驚く〟よりもむしろ〝不安〟をおぼえる。おなじように、ごくありふれた街並に忽然と姿を現す「給水塔」の存在も、まるでそこだけが〝現実の中の非現実〟であるかのようにひとを不安におののかせる。

道に迷って偶然出くわした大谷口の給水塔。まるで松本竣介の絵のような、鉛色の空を背景に屹立するその威容をいまだ忘れることができない。わざわざバスに揺られて野方まで給水塔(配水塔)をみにでかけたのは、東日本大震災のすこし前のことだった。「この揺れで、あの給水塔は無事だろうか?」地震の中でそんな思いがふと頭をかすめたのは、「給水塔」のもつ〝街の不協和音〟としての強い印象ゆえだろうか。

スウェーデンのマルメに現在では共同住宅として使われている「給水塔」があると知ったのは、シューヴァル=ヴァールーのミステリ『サボイ・ホテルの殺人』で犯人が暮らすキルセベリ地区を描写するなかにそれが登場しているからだ。それはマルメ市のイーストサイド、「〝ブルトフタの丘〟とも、単に〝丘〟とも呼び慣わされている」すこしばかり殺伐としたダウンタウンに建っている。


「給水塔とは名のみで、実はかなり前から一般住宅に改造されている塔だった。中の部屋はさしずめパイのような形にでもなっているのだろうか。いつか新聞に、その改造住宅の衛生状態たるや不潔きわまりないもので、住民は九分九厘ユーゴスラビア人が占めているという記事が載っていたことを、スカッケは思い出した」(『サボイ・ホテルの殺人』高見浩訳 349頁)。


その給水塔は、第一次世界大戦さなかの1916年、避難所として貧しい人々に解放されたのをきっかけに本来の役割を失い、もっとも多いときで200人あまり(!)の人々ががそこで生活するほどの過密ぶりだったという。一種スラムと化していたのだろう。その後、民間の不動産会社がリノベーションを施し、現在では眺望に恵まれた高級アパートとしてなかなかの人気ぶりなのだそうだ。調べてみると、世界のあちらこちらに、いまは住居として第二の人生を送っている給水塔があるらしい。それはたしかに〝魅力的〟ではあるかもしれないが、ひとが暮らす「給水塔」に〝恐ろしさ〟はない。

内に満々と水をたたえた見上げるほどの塔、水の塔、そのどこか矛盾した存在様式にこそ「給水塔」の〝ひみつ〟が隠されているような気がしてならない。


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