北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

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最近気がついたのだけれど、どうやらぼくは十年周期くらいでクラシック音楽にハマっているようだ。そして、ちょうどいまがその時期らしい。

ところで、ひとくちに「クラシック」といっても、じっさいのところは中世から現代まで四、五百年にわたって書かれた音楽のことを指すわけだから聴かれるべき音楽はむちゃくちゃ多い。しかも、時代や場所によって、また形式によってそのスタイルもさまざまなのだから飽きるということを知らない。そのうえ最近のクラシックCDの「価格破壊」ときたらもうすごいことになっていて、ほとんど千円札一枚あれば「うわ〜名曲名演の宝石箱や!!!」(by彦摩呂)といった状態なのだから聴かない手はない。

で、そんなとある日吉祥寺で、いま上映中の映画『敬愛なるベートーヴェン』を観てきた。
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「第九」完成間近のある日、急ぎの「写譜」のためにベートーヴェンの元に送り込まれたのは作曲家志望の若い女性、アンナ・ホルツ。天性の才能を備えながらも、時代特有の因習に縛られ自己を解放できない純粋なひとりの女性が、エキセントリックな天才作曲家に翻弄されながらも、おなじ崇高な音楽の魂を共有するものとして、やがてたがいに心を通わせてゆくというお話。

じっさいにあったエピソードを盛り込みながらも、作品としては完全なフィクションで、アンナ・ホルツという女性も実在しない。その意味で、そのむかし観た『マリリンとアインシュタイン』を彷佛とさせるある種の「おとぎ話」ともいえる。ところで、晩年のベートーヴェンが「難聴」による聴力の低下に苦しめられていたのはよく知られた話だ(一説によると、その原因はぼくが患っているのとおなじ神経性の難聴だという見方もある)。そしてそのことが、かれをいっそう自身の内面へ、「内なる音楽」へと導くことにつながったのだと、この映画では暗示される。晩年、ベートーヴェンが聴衆やクライアントの望みに反して、「異様」とも受け止められかねない難解な曲を書くようになっていった背景にはそうした出来事があったというわけである。

そんなこともあって、全体のなかでは「第九」よりも、最初と最後に登場する「大フーガ」のエピソードのほうがより重要な位置を占めているように感じた。当然、映画館を出た後に聴きたくなったのも、「第九」よりも「大フーガ」のほう。でも、我が家にはこの異様なテンションに圧倒される楽曲のCDがない。もちろん、さっそく手に入れたことはいうまでもない。↓まさに鳥肌モノ。
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第9番 ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第9番
ベルリン弦楽四重奏団 (2006/09/06)
キングレコード

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