北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

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もうじき、うかつに外も歩けなくなる季節がやってくる(←花粉症のため)。心おきなく散歩できるのもいまのうちだ。そこで、銀座へ出たついでにひさびさに「浜離宮」まで足をのばしてみる。

浜離宮といえば手入れのゆきとどいた日本庭園としてよく知られているけれど、あいにくぼくは「庭園を愛でる」などという高尚な趣味は持ち合わせていない。ただただぶらぶらと、季節柄まだ人気の少ない庭園を歩きながら「光」や「色」が織りなす即興的な景色にいちいち目を奪われたり感心したりしながら、「やっぱりたまにはこういう時間も必要だよなぁ」などといまさらながらに思ったりするのだった。
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ところで、ここ「浜離宮」には彫刻家だったぼくの曾祖父がこしらえた銅像がある↓。
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「可美真手命」と書いて「ウマシマデノミコト」と読む。『古事記』に登場するらしいのだが、くわしいことは知らない。むかしは正門から入ったすぐのところに立っていたと思うのだが、いつのまにか庭園の中央あたりに移設されていた(たぶん)。

コメント
この記事へのコメント
そーなんだ!?
浜離宮はひまわりやコスモスを見に度々行ったりしています。
お祖父さまの作った銅像なのですか? ちょっとビックリしました。正直、花ばかり見てその他のものには気に留めてなかったです。
今度行ったら良く見ます。1つ楽しみが増えました。
2007/02/03(土) 03:42 | URL | bleu et rouge #-[ 編集]
そーなんです
> bleu et rougeさん

こんにちは。ひさしぶりに(たぶん15年ぶりくらい)に出かけてみたのですが、ずいぶん整備されて立派な花畑などもあるようですね。もちろん、この時期は寒椿と梅がぽつぽつ咲いているくらいでしたが。

銅像は、日本庭園の中ではちょっと唐突な印象を与えます。かつては全国にあったらしいですが、戦時中に「供出」してしまい浜離宮にあるこの銅像だけが唯一現存するものだそうです(ちなみに、赤坂の迎賓館など建物にほどこした装飾彫刻はいまも残っていますが)。
2007/02/03(土) 12:01 | URL | moi店主 #mLjQvPPA[ 編集]
佐野昭技師について
はじめまして。
先日、私も濱離宮で可美真手命像を拝見しました。
佐野昭技師の作品で驚きました。佐野技師は東宮御所(迎賓館・赤坂離宮)の石膏柱制作で有名ですが、国会議事堂の彫刻の仕事もしています。
工部美術学校で大熊氏廣に師事したと思っています。
2007/03/05(月) 21:07 | URL | ヒデオ #-[ 編集]
コメントありがとうございます
ヒデオさん、はじめまして。いろいろとご存知なので大変驚いています。

ほかにも、上野の科学博物館の彫刻がそうだというふうに聞いていますが定かではありません。個人的には、曾祖父らが世紀末のロンドンやパリから持ち帰ったさまざまな資料が、身近に出入りしていた石井柏亭ら若い芸術家たちの手によって日本のアールヌーヴォーとして開花していったのではないか、などと妄想しています。黒田さんをはじめ「白馬会」のメンバーが目指していたものは、フランスの「サロン」のような「古い」世界でしたが、彼らが「触媒」として果たした役割も見逃すわけにはいかないと考えています。
2007/03/08(木) 15:13 | URL | moi店主 #mLjQvPPA[ 編集]
moi店主さんへ
私のコメントにお返事いただきましてありがとうございました。

私の自己紹介ですが、宮内庁の工務課を昨春に定年退官し、今は皇室建築史を研究しています。moi店主さんの曾祖父にあたる佐野昭様は工務課の大先輩にあたる方です。
片山東熊大先輩のように世間に周知されている方は当然ですが、私の務めは多くの偉業を成した諸先輩の人と業績を紹介することです。「皇室建築 内匠寮と人と作品」本を一昨年刊行して、樋口正峻先輩や大賀隆先輩のお孫さんからお手紙をいただき、お会いしてとてもありがたい資料をいただきました。
常に正確を期すことを第一としていますので、もし、よろしかったらお会いするなり、お手紙等で先輩のことをお教え願えましたら幸いです。

私のメールアドレスです
yfd30922@nifty

 
2007/03/08(木) 22:01 | URL | ヒデオ #-[ 編集]
ありがとうございます
> ヒデオさん

どうりで詳しくご存知のはずですね。残念ですが、ぼくは参考になるほどの情報の持ち合わせはないと思いますので、親類に少しあたってみた上、あらためてメールを差し上げたいと思います。しばらくお時間をいただけますと幸いです。

よろしくお願い致します。
2007/03/09(金) 18:31 | URL | moi店主 #mLjQvPPA[ 編集]
moi店主様

さっそくのメールありがとうございました。

浜離宮になぜ、可美真手命の銅像があるか不思議でした。
ほんとうに偶然としかいいようがありませんが、本日、調査の帰りに神奈川県立図書館で明治天皇のことを調べていました。
一冊の本「明治天皇と政治家群像」の中に、輔導(家庭教師)の元田永孚が陛下に烈祖のだれを自身の帝としてモデルにするか問いたとき、神武景行天皇と答え、さらに其の臣としてだれが良いかと問いたとき、
可実真手命と答えたとあります。
永田は天皇の考えは正しいと支持したとあります。
このことから、離宮地に銅像が建つていることに納得できたような気がします。

私は今、東京都の浜離宮保存に協力
していますので、銅像と佐野昭先輩のことを整理して報告したいとし思います。多分、来園者のかたが何でこの銅像がここにあるのかと不思議でしょうから、

本日の速報です。

 

2007/03/09(金) 21:46 | URL | ヒデオ #-[ 編集]
貴重な情報ありがとうございます
ヒデオさん、こんにちは。

貴重な情報ありがとうございます。確かに、静かな日本庭園のなかに佇む「軍神」の銅像は唐突な印象を与えていると思います。以前は入口の近くにあったと記憶しているので、いつのまにか移動されたようですが撤去されなかったのが幸いです。
2007/03/13(火) 13:00 | URL | moi店主 #mLjQvPPA[ 編集]
本日、図書館「可美真手命」について調べていました。
物部氏の始祖とあります。また、橿原朝廷を守護された神とあります。
陸軍的には軍神でいいのでしょうが、私は「橿原朝廷を守護された神」と表現するのが適切に思えました。
2007/03/18(日) 21:10 | URL | ヒデオ #-[ 編集]
なるほど
ヒデオさん、こんにちは。

なるほど、そのような存在だったのですね。朝廷の「守護神」。「軍神」とは印象が変わりますね。勉強になりました。

ありがとうございます。
2007/03/22(木) 11:04 | URL | moi店主 #mLjQvPPA[ 編集]
moi店主様

「近代日本最初の彫刻家」という本の中に佐野昭先輩が大熊氏広の三年後輩とありました。大熊が安政三年生まれですので同六年(一八五九)生まれとなります。
今、浜離宮の紹介記事をまとめていますが、可美真手命の銅像紹介の中に佐野先輩を紹介したいと思っています。国会議事堂に彫刻にかかわっていますので昭和の年代かとおもいますが、いつまでご存命だつたかお分かりになれば、幸いです。

2007/03/26(月) 10:31 | URL | ヒデオ #-[ 編集]
お返事です
> ヒデオさん

こんばんは。確認しましたところ、亡くなったのは昭和31年の12月4日とのことです。

ご参考になれば幸いです。
2007/03/27(火) 22:33 | URL | moi店主 #mLjQvPPA[ 編集]
moi店主様
早速お教え願いましてありがとう
ございました。

東宮御所(現迎賓館)の南庭にある日本一といわれる鋳造の水盤彫刻が佐野先輩の作品との引用本があり、
元本が図書館でみつからず、偶然ですが、本を出した都市計画研究所の友人に調べてもらっています。
著者が今は現存していませんので
困難かといつていましたが、
わかればいいですが、
2007/03/28(水) 21:11 | URL | ヒデオ #-[ 編集]
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