北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

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静かでおだやかな土地に行きたい、そう考えたとき、まっさきに思い浮かんだのは松江、そして出雲のことだった。

出雲へは羽田から飛行機で約一時間、松江はさらに車で三十分ほど走ったところに位置している。松江の中心部にさしかかると、左手に宍道湖、右手に松江の町並みを見ながら車はしばらく宍道湖の湖畔の道を進んでゆく。そのとき、なぜだかぼくは無性に「なつかしい」という感情にとらわれたのだった。
shinjilake

実をいえば、ぼくがここ松江を訪れるのは三度目のことである。「なつかしい」と感じたとしても不思議はない。けれども、ぼくが感じた「なつかしさ」は、どうやらそうした質のものではないような気がしてならないのだ。それは、初めてヘルシンキに降り立ったとき、初めてにもかかわらずなぜか「なつかしい」と感じたあのときの感じにとても似ている。

車はというと、あいかわらず湖畔の道を走っている。右手にはマンションやパチンコ屋、オフィスビルといった何の変哲もない地方都市の景色。ところが、左手を見ると、そこにはただ広々とした美しい湖の眺めがひらけているばかりだ。右を見るか左を見るかで、その視界はまったく異なってしまう。つまり、いまぼくは都市と自然の、ちょうど境界線上にいるというわけだ。もっといえば、松江という土地がそれじたい「境界」なのであって、そこでぼくは思いのままに自然に逃げたり、都会に戻ったりできるということである。それは、ざわざわした都会の喧噪にはうんざりだが、かといってまるっきり自然の中では、思いっきり「アウェー」すぎてくつろげない、ぼくのような人工的な環境のもと生まれ育った人間にとっては好都合である。

鴨川の川べりに下りるだけで自然に帰れる「京都」しかり、すこし離れれば海にも森にもほど近い「ヘルシンキ」しかり、どうやらぼくは都市と自然というふたつの「顔」をあわせもつ土地にこそ強く惹かれるらしい。そして、さいしょに感じた「なつかしさ」とはたぶん、そこに「自分の居場所」をみつけたことからくる、いわば「幸福感」であり「安心感」であるといえるかもしれない。
nawate

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