さいしょの日に行った島根県立美術館では、ちょうど有元利夫の回顧展「有元利夫-光と色 想い出を運ぶ人」がひらかれていた。

その名前はもちろん、作品も本の装幀やCDのジャケットなどでよく見かけてはいたもののこれまでまとめて観る機会には恵まれていなかった。どれもルネッサンスのフレスコ画を思わせる世界だが、その世界はまたどこかSF的でもある。すべての作品を貫くムードは、「静寂」というよりは「真空」であり「無重力」といった感じ。それにしても、いくら平日の夕刻とはいえ、だだっ広い展示室にはぼくら以外だれもいない。完全な貸し切り状態、ぜいたくといえば、ぜいたくだが……

会場には、ところどころ有元が遺したエッセイなどからの一節が抜粋して紹介されているのだが、そのなかにこんな一文をみつけた。それは、彼の絵画のなかでよく人物や花が「臆面もなく」宙に浮いていることに対して彼なりに解釈をほどこしたもので、それを彼は「エクスタシーの表現」だと言う。そしてその一節はこうしめくくられていた。
どうせ浮ぶとなれば、青い空に白い雲。
切り取られたある一節だけとりあげてああだこうだと言うことはそもそもがまちがいだが、時間からも空間からも解き放たれた無我の状態、そのもっともピュアな姿を青い空に浮ぶ白い雲に有元は「みた」のではないか。そういえば、かれの作品に描かれる雲、いびつなひし形がななめにずれながらいくつか折り重なったような独特のフォルムをもつ雲もいままさに刻々と姿を変えているそのさまを描いているようで、一見とても「静的」な印象のあるかれの作品に通奏低音のようなリズムをこっそりもたらしている。
そのときぼくは、飛行機のなかで読んでいた『茶の本』に登場するタオの老人の話をかんがえていた。「天にも地にも属さないために天地の中間に住んでいた」という老人の話だ。そうか。それが「天」であれ「地」であれ、なにかに属するということは、その「属すること」と引き換えに「重力」をもつということでもある。
有元利夫の絵、ひとの生活と自然とのあたかも「波打ち際」のような松江という土地、空と海とが溶け合い、この世とあの世とが交感する出雲、葦原中国(あしはらのなかつくに)と神話にいわれるこの日本の土地……
今回の旅を方向づけたのは、思えば、「どうせ浮ぶとなれば、青い空に白い雲」というこのちょっと詩的な一節だった。「あいだ」や「中間」や「境界」や「際(きわ)」をそこかしこに「発見」し、そのつど「重力」から解放されてゆく旅。呼ばれて、よかった。


その名前はもちろん、作品も本の装幀やCDのジャケットなどでよく見かけてはいたもののこれまでまとめて観る機会には恵まれていなかった。どれもルネッサンスのフレスコ画を思わせる世界だが、その世界はまたどこかSF的でもある。すべての作品を貫くムードは、「静寂」というよりは「真空」であり「無重力」といった感じ。それにしても、いくら平日の夕刻とはいえ、だだっ広い展示室にはぼくら以外だれもいない。完全な貸し切り状態、ぜいたくといえば、ぜいたくだが……

会場には、ところどころ有元が遺したエッセイなどからの一節が抜粋して紹介されているのだが、そのなかにこんな一文をみつけた。それは、彼の絵画のなかでよく人物や花が「臆面もなく」宙に浮いていることに対して彼なりに解釈をほどこしたもので、それを彼は「エクスタシーの表現」だと言う。そしてその一節はこうしめくくられていた。
どうせ浮ぶとなれば、青い空に白い雲。
切り取られたある一節だけとりあげてああだこうだと言うことはそもそもがまちがいだが、時間からも空間からも解き放たれた無我の状態、そのもっともピュアな姿を青い空に浮ぶ白い雲に有元は「みた」のではないか。そういえば、かれの作品に描かれる雲、いびつなひし形がななめにずれながらいくつか折り重なったような独特のフォルムをもつ雲もいままさに刻々と姿を変えているそのさまを描いているようで、一見とても「静的」な印象のあるかれの作品に通奏低音のようなリズムをこっそりもたらしている。
そのときぼくは、飛行機のなかで読んでいた『茶の本』に登場するタオの老人の話をかんがえていた。「天にも地にも属さないために天地の中間に住んでいた」という老人の話だ。そうか。それが「天」であれ「地」であれ、なにかに属するということは、その「属すること」と引き換えに「重力」をもつということでもある。
有元利夫の絵、ひとの生活と自然とのあたかも「波打ち際」のような松江という土地、空と海とが溶け合い、この世とあの世とが交感する出雲、葦原中国(あしはらのなかつくに)と神話にいわれるこの日本の土地……
今回の旅を方向づけたのは、思えば、「どうせ浮ぶとなれば、青い空に白い雲」というこのちょっと詩的な一節だった。「あいだ」や「中間」や「境界」や「際(きわ)」をそこかしこに「発見」し、そのつど「重力」から解放されてゆく旅。呼ばれて、よかった。

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