北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。
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本当にいいなあと思える演奏と出会ったとき、つくづく音楽について語るなんて意味のないばかげたことだなあと感じる。それでもなお、そうせずにはいられないほどにリチャード・グードが弾いたモーツァルトのピアノ協奏曲はすばらしい。

ぼくはピアノの音色についてまったくといってよいほど自信が、ない。にもかかわらず、グードの弾くピアノの音色がとても独特であることはよくわかる。粒立ちがよく透明感にあふれてはいるけれど、けっして線が細いわけではない。ときに男性的で力強くもあるが、重厚というのとは少しちがっている。軽やかさにしても上滑りするような感じではなく、馬のギャロップのようにしっかり脚が地についている感じだ。とてもリリカルに歌う部分もけっしてその歌に溺れることはしない。粘らないのだ。ことばで追っかけようとすればするほど、その本質は影法師のように逃げてゆく。ことばからもっとも遠いところにグードのピアノは、ある。

音が濁らない、それもグードのピアノのきわだった特徴といえるかもしれない。言い方を変えれば、その演奏はとても明快である。ふつう赤と青、ふたつの色が混じりあうと紫になる。音楽でいえば和音、赤と青は紫色の和音を生む。ところが、グードが弾くと赤は赤、青は青のままふたつの音は持続し両立する。紫にならない(どんどん感覚的で意味不明になってゆくなあ)。ではどうなのかというと、赤と青によって紫色を暗示するのがグードのピアノだ。油絵のようなベタついた色彩はどこにもなく、どこまでも淡くさわやか。

そして、この演奏のもうひとつの聴きどころといえば競演しているオルフェウス室内管弦楽団にある。彼らのサウンドもまた、とても明快だ。すべての音が透けてみえるかのような見通しのよさがあり、リズムも生き生きと弾んでいる。グードのピアノとのかけあいもまさに絶妙というほかなく、全編にわたって音楽するよろこびにあふれている。ピースフルな、かけがえのないモーツァルト。

それにしても、こんなにすばらしいCDがなんと日本では廃盤になったままとはひどい話だ(たまに中古CD屋で千円前後で売られているのをみかける)。レーベルはニューヨークにあるNonesuch、地味ながら隠れた名盤をたくさんリリースしている知る人ぞ知るレコード会社である。ちなみに、以前べつのコラムで紹介したことのある名盤もここからでている。
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