北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

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雑誌などの取材でよくたずねられる質問にこんなのがある。「北欧のどういうところにいちばん惹かれますか?」

こんなとき、迷わずぼくはこう答える。「空気です」。はっきり言って、試験におけるダメな解答例みたいな答えだ。キッパリ言っているようでいて、じつはあまりに抽象的すぎてほとんどなにも語っていないに等しい。けっきょくはあれこれ補足しなければならなくなるのだ。それでもやっぱり、どこに惹かれるかと言われれば「空気」としか答えようが、ない。それほどまでに、ぼくにとって北欧の空気はそこで暮らすひとびとや、街の印象と切っても切れないものなのだ。

いけないいけない、話がまわりくどくなってしまった。

スウェーデンのジャズピアニスト、モニカ・ドミニクの曲「ティレグィナン・エット」の最初のフレーズを耳にしたとき、「あ、これは北欧の空気そのものだ」、そう思った。

ところで、はじめてヘルシンキを訪れたのは四月の初めのこと。もう何年前になるのだろう。港も街の中心部にあるトーロ湾も、まだ一面真っ白く氷に覆われていた。はじめて触れるフィンランドの空気はきりっと冷たくて、それでいてなんて気持ちがいいのだろうと思ったのをおぼえている。身震いするような寒さというよりは、ちょっと硬度が高めのミネラルウォーターを口に含んだときのようにさわやかで、その瞬間もうぼくはこの土地のことが大好きになっていたのだった。

六月のストックホルムも、また格別だった。東京はまるで蒸しタオルで体をぐるぐる巻きにされているみたいな鬱陶しさだというのに、セーデルマルムの街はまるで高原のようにさわやかで、夏の太陽は街のあちらこちらに光と影の強烈なコントラストを生み出していた。古い石造りの建物も尖塔をもつ教会も、公園の木々もすべてがまるで精確にピントのあった写真の中の出来事のように、カリッとした輪郭をともなって色鮮やかに浮かび上がっていたのだ。

そしてふたたび、モニカ・ドミニクのCDに耳を澄ます。

さっきも書いた、このCDのオープニングを飾る「ティレグィナン(献呈)」はスウェーデンではよく知られた曲だそうで、ライナーノートによれば歌詞をともなうバージョンは定番のウェディングソングとして広く愛されているそう。なるほど、清楚な花嫁姿にとても似合いそうな素朴で親しみのあるメロディーだ。甘い旋律ではあるが、けっして湿っぽくならないあたり、さすがは北欧といった印象。夜のそぞろ歩きを思い出させるような「シャーレキャン(ラブ)」、グルーヴィーで力強いリズムの「デット・ヴォール・ソム・フンケン(ジャスト・フォー・ファンク)」「カルセル(カルーセル)」といった曲を経て、アルバムはふたたび一曲目の「ティレグィナン」の別バージョンによって締めくくられる。ちょうど、ノルウェーの作曲家グリーグの『抒情小曲集』が「アリエッタ」という可憐な小品にはじまって、ふたたびその別バージョンである「余韻(残影)」によって締めくくられるときのように。その意味で、ぼくにとってこのアルバム、モニカ・ドミニクの『ティレグィナン』は、北欧の空気から生まれたピアノのための可憐な花束のような作品集としてグリーグの『抒情小曲集』とともにかけかげのない音楽といっていい。

このあいだ、ある音楽家の手になるエッセイを読んだのだった。世の中には「なくてはならない」ものと「なくてもよいが、あればなおよし」といったものとがあると、そこにはそう書かれていた。そしてその音楽家は、「なくてもよいが、あればなおよし」の代表みたいな音楽が、じぶんにとって身近だったり楽しみだったりになればなるほどかけがえのない「なくてはならない」ものになると言う。そういえば、カフェだってまた音楽とおなじである。「なくてもよいが、あればなおよし」。でも、じぶんにとってはカフェですごす短い時間は生活の中の、いってみれば「句読点」みたいなものとして「なくてはならない」存在だし、それをたくさんのひとと分かち合いたいからこそこういう仕事をしていると思う。だからこそ、音楽を仕事にしているひととカフェを仕事にしているひとは、どこかそういう部分ーなくてもよいもののなかに価値を見いだすーでつながっているような気がしてならない。

またまた話がまわりくどいのだが、このアルバムをぼくに紹介してくれた土本さんも、ぼくにとってはまた、そんな「仲間」の匂いをプンプンさせているひとといえる。土本さんは、この一九八〇年に自主レーベルからリリースされ、その後コレクターズアイテムとしてひっそり愛聴されてきたアルバムを再発した神戸のプロダクション・デシネの広報として、日々音楽を通じてたくさんのひとびととコミュニュケートされている方である。その土本さんが、moiにモニカ・ドミニクのアルバムを紹介してくださったときの話をブログに書いてくださっているので、よろしければぜひ。

思えば、音楽やカフェのおかげでどれだけたくさんのひとと出会い、そこからいろいろなことを感じ学んできたことか。「なくてもよい」どころか、音楽もカフェもぼくにとっては欠くことのできない大切なものだと、このCDを聴きながらあらためてかんがえていた。


モニカ・ドミニク『ティレグィナン』

プロダクション・デシネさんのサイトでちらっと試聴できます(こちらをクリック→●)

ティレグィナンティレグィナン
(2008/11/12)
モニカ・ドミニク・トリオモニカ・ドミニク

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