北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

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いつだったか(三年くらい前?)、「メガネをかけたベン・ワット」なんて紹介の仕方をしたスウェーデンのシンガーソングライター、ヨハン・クリスター・シュッツ君(彼の万年青年風ルックスをみると、知り合いでもないのに「君づけ」したくなる)。

ブラジル・ミーツ・スウェーデン、なんて言ってもピンとこないかもしれないが、スウェーデンといえば六十年代からブラジルのミュージシャンとの交流が盛んだった国。であればこそ、こんなふうになんのてらいもなくボサノヴァを自分のスタイルとして消化してしまう若者が出てくるのも、いってみれば当然といえば当然の話である。

実際のところ、このヨハン君もべつにジョビンをカバーしているわけでもないし、ブラジル音楽のフォーマットをストイックに追い求めているというわけでもなく、ごくごく自然体で、まるで「道具」を選ぶようにボサノヴァやサンバを選びとっている、といった印象。良くも悪くも、こだわりがないのだ。そしてそのあたりがいかにも、ぼくに言わせれば「ブラジル・ミーツ・スウェーデン」的なのである。

そして、そのヨハン君の三枚目となるCD『C'est La Vie (セラヴィ)』がリリースされる。

じつは二枚目は聴いていないのだけれど、デビューアルバムのいかにもナイーヴな青年風といった感じはすっかり影をひそめ、よりたくましく変化しているのが印象的だ。それをひとことで、よりポップになった、と表現してもいい。思うに、「ポップ」とは強さの問題であって、それは真夏の太陽の光のようになんの疑いも生みえないような揺るぎなさのことでもある。ボサノヴァもサンバももはや関係なく、ただひたすら「自分の歌」へと近づこうとしているかにみえる。すべて英語だったデビュー盤に対し、このアルバムでは半数以上を母語であるスウェーデン語で歌っているあたりにも、やはりなにか確信めいた心境の変化のようなものを感じずにはいられないのである。

ところで、「表現者」ということを思うたび、ぼくはギリシャ神話に登場する「イカロス」のエピソードを思い出す。イカロスは、蝋で留めた羽であることを知りながら、それでも空の中ほどを飛んでいるのでは気が済まず、太陽をめざし高く高く飛翔して、遂には海へと真っ逆さまに落ちてしまうのだった。中ほどを飛んで満足しているような表現者の作品は、けっしてぼくらを満足させてはくれない。向こう見ずと言われながらも、より高みへと登りつめてゆくその姿にこそ表現の凄みを感じ、感動させられるからだ。

だからこそ、『C'est La Vie』に収録された「Jabuticaba」の呼吸の深い歌を聴きながら、ヨハン君、ちょっと楽しみになってきたなあ、とすっかりニヤけてしまったのだった。

ちなみに、そのヨハン君のアコースティック・ライブツアーが明日から東京、名古屋、大阪、姫路、そして神戸のカフェやレコードショップではじまります(火曜日がないっ・・・泣)。ボサ好きもスウェディッシュポップ好きも、とりあえず北欧フリークも、たくましく成長中のヨハン君のライブに接してみるのもよいのではないでしょうか?(※ライブの日程はこちらをクリック→●)

セラヴィセラヴィ
(2008/12/10)
ヨハン・クリスター・シュッツ

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