北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

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ppetibon

いま、ジャンルを問わず実際にいちばん観てみたいのはパトリシア・プティボンのステージだ(ついこのあいだ歌モノは聴かないと書いたばかりなのに)。

きょう家に帰ってテレビをつけたら、ちょうどそのプティボンの、去年の初来日でのステージが始まるところだった。ラッキー!

ぼくの場合、音楽を「技術」という「ものさし」で計る耳をもっていない。演奏が上手いからといって感心するようなことがないのだ。それはたぶん、ぼくがほとんどなんの楽器も弾けず、それどころか楽譜すらまともに読めないということと無関係じゃないだろう(要は、ジャッジできないってこと)。そのかわり、「技術」がないぶん、べつのアプローチから音とつきあう術が自然と身についてしまったらしい。ロックもジャズもクラシックも、まったくおなじように聴けて楽しめてしまうのは「ケガの功名」ってヤツだろう。むしろ腹立たしいのは、たとえ技術的に万全でも、そこに精気が、覇気が感じられない演奏である。

話を元に戻すと、テレビで観たプティボンのステージは予想をはるかに超えてエキサイティングな、すばらしいものだった。

このひとのステージからは、歌に魂を宿すためならどんなことだって厭わない、そういう意志がバシバシ伝わってくる。夢遊病のようにステージの上や、時には客席まで降りて歩き回ったり、くるくると表情を変えてみせたり、奇声をあげたり、ヒマワリのかたちをしたヘンなサングラスをかけたかと思えばピエロのような鼻をつけてみたり、そういう行動はすべて音楽のためになされるのであって、音楽へのその執着はむしろ「凄み」すら感じさせる。それは以前観て、そのパフォーマンスの完成度に度肝を抜かれたブラジルのミュージシャン、カエターノ・ヴェローゾのライブにも近しいものである。スタッフの《カトリーヌ》をはじめ、世代を超えた音楽好きが口をそろえて大絶賛していた先ごろのデヴィッド・バーンのライブもたぶん、きっとそんな感じだったのだろう。

次回の来日が、いよいよ待ち遠しい。

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2009/05/07(木) 10:12 | | #[ 編集]
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