北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

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以前は、お正月になるときまって美術館に行っていた。「家にいてもつまらないから」というのがその理由だが、だからといって人でゴッタ返すデパートなど行く気にもなれず、自然と、いかにも閑散としていそうな地味(!)な展覧会を選んで足を向けるようになった。必然的にモダンアートなどが多くなったが、西武美術館での「イヴ・クライン展」など、いまにして思えばのんびり観ることができたおかげで鮮明に印象に残っている、そんな展覧会も多い。

ひさしぶりにそんなことを思い出して、ことしのお正月は国立近代美術館で「早川良雄 "顔"と"形状"」という展覧会を観てきた。

展覧会情報によれば、早川良雄は1917年大阪に生まれ、2009年に92歳で亡くなるまで長年にわたり戦後のグラフィック・デザイン界を牽引、後進に多大な影響を与えてきた人物、とある。このプロフィールからすれば、早川良雄の肩書きは「グラフィックデザイナー」ということになるだろう。とはいえ、ぼくは会場に並んだ代表作の数々を観ながらずっと

じっさいのところ、早川良雄というひとの「肩書き」は何なのだろう?

と考えていた。思い浮かんだのは、

グラフィックデザイナー
イラストレーター
画家
アートディレクター
エディター

などなど。そしてじっさいのところは、おそらくそのすべてが早川良雄の「肩書き」なのにちがいない。もちろんそれは、早川良雄が仕事を始めた頃の日本ではまだそうした職能が細分化されていなかった、ということもあるだろう。「商業広告」という言葉がそれらすべてをざっくりと語って、それ以上でも以下でもなかった時代。そして早川良雄の作品には、そのようにしてひとりの人間の頭のなかで完成されたものに特有のごわっとした手触りがある。それがすごくいい。展示された作品の中には最晩年である2009年に制作されたデパートのポスターなどもあるのだけれど、「分業化」が当たり前になったいまの時代にあってなお、早川良雄の作品からその独特の「手触り」が失われていないことに驚かされる。

分業化による仕事の効率化やある種の「抜け目なさ」の代わりに、広告美術の世界からこうした「手触り」のようなものが消えつつあるとしたら、それはやっぱりとても淋しいことじゃないだろうか?
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