北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

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もしもモーツァルトがツイッターをやっていたら…… と想像してみることは、なかなかに楽しい。演奏旅行の道すがら、馬車に揺られながら飽きることなくiPhone片手にツイッターに興じる、神童モーツァルト。

よく知られるように、モーツァルトは三十数年の人生の中で数え切れないくらいたくさんの手紙を書いた。その当時、通信手段といえば「手紙」しかなかったわけで、もしも現代のようにさまざまなコミュニュケーションツールがあったなら、いわゆる「モーツァルトの手紙」もかなり様変わりしていたことだろう。



プラハなう。



ただ現在地をつぶやいただけとはいえ、その人生のほとんどを旅して過ごしたといわれるモーツァルトだけにその「つぶやき」は彼の人生そのものといってもいいかもしれない。

ところで、数多いモーツァルトの手紙のなかでもとりわけ後世のひとたちに強い衝撃をあたえたのは、「ベーズレちゃん」こと、いとこのマリーア・アンナ・テークラに宛てられた一連の手紙にちがいない。研究者たちのあいだでは「ベーズレ書簡」と呼ばれるそれらの手紙には、ダジャレや冗談とともに「うんこ」や「おなら」といったスカトロ的な嗜好を思わせるワードが満載となっている(「神童」モーツァルトにあまりにもふさわしくないとかんがえた後の研究者たちの多くは、これらの手紙をひたすら無視しつづけた)。

ツイッターのモーツァルトは、あるいはこんなふうにつぶやいたかもしれない。フォロワーの@ベーズレ(マリーア・アンナ・テークラ)に対する「つぶやき」だ。



@ベーズレ さて、お休みなさい。ベッドの中に、大きな音を立ててウンチしてください。ぐっすりおやすみ、お尻を口にくっつけてね……



ことによったら、「#うんこ」なんていうとんでもないハッシュタグまでこしらえてしまうのではないか。とはいえ、もしもツイッターのログがまったく保存されていないとしたら、モーツァルトの研究も現在とはちがってだいぶ精彩を欠いたものにならざるをえないかもしれない……。

なんでこんなことを書いているかというと、

「米国議会図書館は、なぜTwitterの全ログを保存するのか」
という記事を読んだからである。個人情報の保護という観点からこの措置に違和感を抱くひとも少なくないだろうが、いとこ宛の「私信」が思いっきり市場に流通してしまっている現実にくらべれば、もともと「公開」されているツイッターのログが保存されたとしても驚くにはあたらない。

芸術家や政治家の素顔をより深く知りたいと思ったとき、その芸術家なり政治家なりの「日記」や「書簡集」を手に取るのはぼくらにとってふつうのことになっている。「手紙」はまずもって「私信」だし、「日記」にしてもけっして「公開されること」を前提に書かれたものではないだろう。にもかかわらず、である。

いろいろな意見はあるだろうけれど、そう遠くない将来「日記」のかわりに「ツイッターのログ」が、「書簡集」のかわりに「電子メール集」が(研究の名の下に)本人の意志とはかかわりなく「公開」される日がやってくるのではないかと思っている。逆にいえば、そうしたログがすべて消去され後世の研究者たちの目に一切触れないということになれば、その種の(ある意味、考古学的な方法にのっとった)「研究」の質はひどく劣化することになるかもしれない。

うっかりつぶやいてしまったあなたの



渋谷なう。



から、不倫の痕跡を探り出すスゴ腕の研究者がいつか出現しないとも限らないのである。将来、研究対象になる予定のひと、くれぐれも気をつけてください。まあ、この場合いつか現れるかもしれないスゴ腕の研究者を心配する前に、すでにかたわらで不敵な笑みを浮かべるスゴ腕の配偶者の存在に注意を払ったほうが賢明だろうけれど(笑)。
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