北欧、フィンランドをこよなく愛するカフェ店主がつづる日々のあれやこれや。

2017/07123456789101112131415161718192021222324252627282930312017/09

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
triplus.jpg

ちかごろでは、めっきり文章を手で書くということがなくなってしまった。おかげで恐るべきスピードで漢字が書けなくなってゆく昨今…… 。ついこのあいだもぼくが書いたメモをみたスタッフから、「送りがな、間違ってますよ」と指摘され恥ずかしい思いをしたばかりだ。

それだから、という理由でもないが、文章を書くときにはPCに向かう前につとめてペンを片手にアイデアを練るよう心がけている(といっても、このブログをはじめ全部が全部というわけではないけれど)。じっさい、キーボード上だけで完結した文章とそうでない文章とを後になって読みくらべると、あきらかにその完成度にちがいがあるような気がするのだ。機械などでよく、ある部分に「遊びがない」などといった表現をすることがあるけれど、まさにそんな感じ。

文章をアメ玉にたとえれば、書く以前にペンを手に構想を練るという行為は舌の上でアメ玉をころがすようなものである。ゆっくりと、舌の上でアメ玉をころがすことでその甘みや味、香りをたしかめるのだ。ときには、そうしているうちにちがう味に変化しているなんてことも、ある。それにひきかえ、いきなりPCにむかって書く文章は読み直すといつもどことなく性急で、口に放り込んだアメ玉をガリガリかじっているような気分になってしまうのだった。

文章を書く以前に、かんがえる道具としてぼくがいつも世話になっているのは、ドイツの文具メーカーSTAEDTLERの「Triplus finliner」というペン。軸の太さ、全体の軽さ、なめらかな書き味とそのどれをとっても理想的で、エンピツの持ち方の悪いぼくにしばし「手で書く」という行為のわずらわしさを忘れさせてくれるスグレモノである。

だいたい文章の構想を練るなどといえば聞こえはいいが、じっさいのところは白い紙に単語や短いセンテンス、ワケのわからないイラストなどを書きつけた落書きにすぎない。とはいえ不思議なもので、見えない水蒸気があつまってひとつの雲をかたちづくってゆくように、こうしたイタズラ書きが漠然とした「ことば」にカタチをあたえ文章になってゆくような気がするのだ。そして、「かんがえること」と「書くこと」とを無理なく同期させてくれるという点で、このSTAEDTLERのペンは「かんがえつつ書き、書きつつかんがえる」という作業に欠かせない「道具」といえる。

まあ、それはともかく、そろそろ原稿に手をつけなきゃならないのだが……
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://moicafe.blog61.fc2.com/tb.php/912-fed77e67
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。